暑い日の歩道橋
不思議な話を一つ、しようと思う。信じてくれなくても構わない。しかし、最後まで聞いて欲しいのだ。
それは昼夜を問わず暑い夏の日々の、ある日のことだ。僕はいつものように学校へ向かっていた。面倒な授業、暑い中行われる部活、全てに嫌気が差していた。それは、暑さのせいだけではないにしても、僕を憂鬱にさせるには十分なものだ。
まだ陽が差している炎天下の中で行われた部活動をなんとかこなした。くだらない話をしながらの帰り道は、まあまあ楽しい。
「そういえば知ってるか?あの歩道橋の話。」
パラパラと友人たちと別れ、最後の二人となった途端、隣のそいつが徐に口を開いた。
「歩道橋?」
「お前知らねぇの?」
そいつの話によれば、この道をまっすぐ行き、二つ目の信号を左に曲がった大通りに歩道橋が架かっている。そこを渡っている最中に異世界が見えることがある、らしい。
「…お前そんなの信じてんの?引くわ」
「面白そうだと思ったんだよ!引くとか言うな!」
ふざけて笑っているうちにいつのまにか例の歩道橋の近くまで来ていた。そいつとは別れ、家に帰る。いつもなら渡らないその歩道橋が、あいつのせいで気になってしまった。
気づいた時には、階段を登っていた。異世界なんてあるわけがない、ただの子供騙しだ、そう思いながら足を動かせば、もう段差はない。
反対側まで歩みを進める。しかし、何を思ったのか僕の足は歩道橋の丁度真ん中で止まった。視線を横へ向ける。通っていく車と、もうすぐ沈んでしまう夕陽を反射するビルが見える、筈だった。僕の目に映ったのは、水平線に沈む夕陽とオレンジ色の海だった。陽炎に揺らぐ街はない。まるで船の上にいるかのような光景だった。
「嘘だろ…」
小さく呟いた筈の声が、やけに大きく聞こえた。いつしか街の喧騒もなくなってる。
夕陽が沈む。最後の一筋の光もなくなった時、一際大きな音が僕の耳を劈いた。下を通る車のクラクションだと気づくのに時間がかかったのは、状況を飲み込めていないからだろう。その音に気を取られた。慌てて視線を元に戻したが、藍色の空の下にいつも通りの街と喧騒があるだけだった。
あれは幻だったのか、それとも本当に異世界だったのかは分からない。それ以降何度かその歩道橋を渡ってみたが、同じことが起きることはなかった。
さて、僕の話はこれで終わりだ。楽しんでくれたならいい。最後まで聞いてくれた君の日々にも、いつか不思議なことが起こるかもしれない。もしそうなったら、僕に教えてくれ。いつでも歓迎しよう。
では、またどこかで会おう。
君の日々がいいものになることを祈って。