あの頃と今と
昔、ジンとキスしたことがある。絵本の中に出てくる王子様とお姫様を指して、好き同士はこうするのと訳知り顔で言ったわたしに、幼いジンは大真面目に言ってのけた。
『ぼくも、サクラちゃんとこうしたい』
『ダメだよ。好き同士じゃないと』
『ぼく、サクラちゃんが大好きだよ。サクラちゃんはぼくのこと、嫌いなの?』
『……ううん、わたしもジンが好き』
『ほんと? サクラちゃん大好き! ずっといっしょにいようね』
『うん!』
ああ、あの頃は、あんなに可愛らしかったのに!
ジンとキスをした。
触れたあと、涙で濡れた唇を舐めて、ジンが、
「サクラの味がする……」
と目を細めたのを見て、キスの最中ふいに蘇った幼くも美しい思い出が、淫靡な雰囲気に飲まれてく。
「パートナー契約について、聞いた?」
ジンがわたしの頬に触れながら、静かに訊ねた。一度目を伏せて、わたしは答える。
「うん……ツバキおねえちゃんに。ねえ、どうして、ツバキおねえちゃんには色々話してたの?わたしだけ何も知らなかった……」
つい拗ねるような響きになってしまった。嫉妬の芽はまだ摘まれていないみたい。
すると今度はジンのほうが目をそらした。後ろめたいというより、照れくさそうに。
「…………ツバキには、サクラへの気持ちが最初からバレてたから、黙ってる代わりに色々聞かれたり買わせられたりしてた……」
「つ、ツバキおねえちゃん……。なんか、ごめん」
身内として謝罪します……だよ。
「いや、俺も……代わりにサクラの話聞いてたから」
どんな話だろう。ちょっと、嫌だな……。
そう感じたのが顔に出てたのか、ジンもばつが悪そうにしている。
「もう、やめてね?」
「ああ、わかった」
素直に頷くジン。気持ちが通じ合ったからか、ジンが甘くて素直で優しいから、わたしも素直になれる。うれしいな。
微笑むと、ジンの熱い手がぎゅっとわたしの手を握った。
「……サクラに俺のパートナーになってほしい」
心も捕まれたみたいに、胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
ジンの紅い目が、本当に燃えているみたい。
胸がどきどきして、まっすぐに見返せなくて、つと下を向いた。
「う……ん」
「……サクラ?」
曖昧な態度が迷っているように見えたのか、ジンの声に不安が混じる。
「違うの……わたしもパートナーはジンがいい。……ただ……したことないし……」
「怖い?」
こくこく頷く。
「わかった。契約はすぐじゃなくていいよ。ただサクラの安全のためにも学園に入学するまでにはするから」
「う……」
「覚悟しといて」
ジンの綺麗な顔に妖しい雰囲気が混じるとこんなにも色気が出るのかと、関係ないことでも考えていないと、ジンの色気に充てられていまにも気絶しそうだった。