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成人の儀

「ねー。ジンくんと喧嘩したんだってー?」


「ツバキおねえちゃん」


 わたしが勉強をしていると、部屋の戸口に立っていた二歳上のツバキおねえちゃんが話しかけてきた。


 おねえちゃんは普段王都の大店で商人顔負けの商売人っぷりを発揮しているが、もうすぐわたしの成人の儀ということもあっていまは休暇を取って実家にもどっている状態だ。


「おばさまが心配してたわよぉ、ジンくん、すっかり落ち込んで、無口になってサクラの名前だすときだけ、一瞬震えるんだって……」


 いかにもな口ぶりだが、楽しんでいるのが伝わってくる。


「……しらない。ジンなんて」


「サクラがいらないっていうんなら、あたしがもらっちゃおうかな?」


 同い年ながら、すでに何度も表彰されたり発明品が商品化されているため、世間からは天才発明家として名前を知られているジンの才能にツバキおねえちゃんは目をかけていて、商売の話をよく持ち掛けているのはしっている。


 ツバキおねえちゃんは将来自分のお店を持つのが夢なのだ。


「……好きにすればっ」


「ふーん、じゃあそうしよっと。ねージンくんも、ジンくんの発明品もあたしのものにしていいって」


「ちょ……」


 ジンがいるなんて聞いてない! と立ち上がるが、ツバキおねえちゃんのほかに誰もいない。


「ツバキおねえちゃん、騙したの?」


 ツバキおねえちゃんをにらむも、おねえちゃんはしれっとした涼しい顔を崩さないで、


「素直になったら? じゃないと本当にもらっちゃうわよ。あたし、結構ジンくんのこと気に入ってんだから」


 そう言い残すと、部屋を出て行ってしまった。


 成人の儀は、街の大聖堂で執り行われる。


 そこで自分の能力を教えてもらい、職業選択に役立てるのが一般的。ツバキおねえちゃんやジンのように能力を教えてもらうまえから、才覚を発揮してる人もいるけれど。


 わたしはこれといった特技もないし、憧れの職業があるわけでもないから、成人の儀で目標が見つかるといいな。そうじゃないと、ずっとジンに追いつけないままだ。


 あれから、ツバキおねえちゃんから言われたあと、色々考えて反省した。


 ジンはいままでたくさんわたしのことを助けてくれたのに、あの日だってわたしの買い物に付き合ってくれたのに、ちょっと冷たくされたからって意固地な態度を取ってしまった。


 ジンがせっかく似合うって言ってくれた眼鏡も受け取らなくて……悪いことをしてしまった。




 そうして迎えた成人の儀は、春の女神様の祝福を受けたような晴れ渡った青空が印象的な一日だった。


 朝早くから支度を始めて、春の女神様をイメージした若草色のドレスを着せてもらう。髪は編み込んだ三つ編みを背中にたらして、ふだんはしないお化粧を薄くほどこされた。


「サクラは若いし肌も綺麗だから、何もしなくても充分だけど、コレ、あたしからのお祝い」


 ツバキおねえちゃんが、つるんと光る口紅の筒を取り出して見せてくれる。真新しくて、大人っぽいデザイン。わたしに似合うのかな?


「口閉じて、軽くね……はい、いいわよ」


 色は真っ赤に見えたけど、唇に乗せるとそれほど真紅じゃなく、クリアな赤で、かわいくも、ほのかに色っぽくも見える。


「あら、いいじゃない。綺麗よ、サクラ。さすが私の娘ね」


「うん似合ってる。さすがあたしの妹」


「……ありがとう、お母さん、ツバキおねえちゃん」


 鏡に映った自分は、髪も衣装も綺麗で、普段よりもぐっと大人っぽく見えたけどやっぱり見慣れなくて、お母さんとツバキおねえちゃんに褒められて、ようやく少しほっとした。


 そのあとは「綺麗だよーサクラ!!」と、感動して涙ぐむお父さんに送ってもらい、大聖堂に向かうと友達のユキとエミルと合流した。


「わあ、かわいい!」


「すっごく綺麗、サクラ」


「ふたりこそ!」


 きゃっきゃっとひとしきりお互いを褒め合う。口紅も褒められたからツバキおねえちゃんからだと言ったら、「さすが都会で働いてるだけあってセンスいいよねー」と感心された。


「そういえば、サクラ今日は眼鏡は?」


 ユキに尋ねられて、はしゃいでいた気持ちに小さな穴が開く。


「……なくしちゃって」


 顔に触れると指先におしろいのさらっとした感触が移って、せっかくの化粧が少し落ちちゃったかもと軽くへこんだ。


「そっかあ、でも、今日のサクラほんとうにかわいいよ。さっきから皆見てるし。とくに男の子たち」


「うんうん、ジンくんにはもう見せたの?」


「ううん、まだ……」


 俯くわたしにふたりが黙って視線を交わす。


「……えーと、そう! ジンくんといえば、さっき見かけたけど、やー、彼スーツ似合ってたね! まだ会ってないなら会ってきたら?」


「うん、まだ時間あるし、見せておいでよ」


 ふたりに優しくうながされ、少し間をおいてからこくんと頷いた。


「……うん。ありがとう、ふたりとも」


 ふたりに手を振って、歩き出す。ジンの友達のジョーを捕まえて、ジンの居場所を訊ねると、首をひねりながら、


「あれ? さっきはいたんだけどな……」


「そう……」


「ジンを探すなら、俺もいっしょに行こうか?」


「え? ううん、大丈夫。いそうな場所は大体わかるし」


「そっか……うーん、いやでも……」


「ありがとージョーくん」


 ジョーくんがしらないなら、会場内を探すよりも外に行ったほうが早いだろう。ジンは人の多いところが嫌いだから。


 くるりと出口のほうへ向かおうとすると、


「あーら、サクラさん、こんなところにいましたの」


 ピンクの扇にピンクのドレスを着て、金髪の縦ロールを振りかざすドロシーが現れた。


 後ろには取り巻きのハイジとジャミルもいる。ドロシーはジンのことが好きで、幼馴染のわたしにいつもつっかかってくるので急いでいるときは少々面倒くさい相手だったりする。


「どうしたの、ドロシー」


「どうしたの、じゃありませんわよ。ジンくんをどこに隠したのです。わたくしのエスコートをお願いしたのですけど」


「……しらないけど」


「うそおっしゃい。あなたが姑息な手を使って、わたくしとジンくんの間を引き裂こうとしているのは見え透いてますのよ」


 頭ごなしにぴしゃりと否定されて、こちらもむっとする。いつものことながら、思い込みが激しいんだから……。


「しらないってば。わたしだって、まだジンと会ってないし。大体エスコートをお願いしたっていうけど、ジンが了承するとは思えないんだけど」


 ジンは結構めんどくさがり屋だし、安請け合いはしないしね。


「なんですって? いつもいつもジンくんにまとわりついて……大体なんですの、そのお化粧、色気づいて、あ、あなたなんか……」


「……?」


 詰め寄ってきたドロシーの顔がなにやら赤い。目もぎゅんぎゅんと吊り上がっていたのが、急に潤んでいる……!?


「ちょ、ちょっと、ドロシー? 大丈夫? 具合悪いんじゃ……」


「ドロシー様……!?」


 取り巻きのふたりがドロシーの体を支えるも、ドロシーの目はわたしに絡みついて離れない。……怖い。しかもなにやらうっとりと微笑んでるし……。


「お、お大事にー……」


 そう言い残すとわたしはそそくさとその場を離れた。


 そのあとも数人に話しかけられたけど、「ごめんね、またあとでー」と手を挙げながらやり過ごす。だから、急いでるんだってば!


 渡り廊下から中庭に抜けて、だんだんと人気のない場所に足を進めていくと、ポケットに両手を入れ、ひとり佇んでいるジンを見つけた。ユキとエミルの言った通り、濃いグレーのスーツがよく似合っている。


 中庭にさあっと一陣の風が吹く。銀色に輝くジンの前髪が風にはためいて、鬱陶しそう顔を横に向けたジンと目が合った。


 目と目が合った瞬間、ジンの紅い目が見開かれる。


 わたしが口を開きかけたそのとき、ちょうど大聖堂のほうから集合の声がかかって、とっさに体をそちらに向けたわたしの手がつかまれる。


 ジンの手は驚くほど熱かった。


 触れられている場所から、眼差しから熱を帯びている。


 ジンの口が開いて、閉じて、また開く。わたしは何も言わずにジンに向き直ると、ジンの言葉を待った。


「…………これ」


 ジンがわたしの手を開かせると、手のひらにポケットから取り出した箱を優しく乗せる。数日顔を見なかっただけなのに、ジンの声を聴くのはとても久しぶりに思えて、もっとジンの声が聴きたくなった。


「成人の儀の参加者の方はー、大聖堂内に急いでお集まりくださーい」


 集合を呼びかける声がわたしたちのいる茂みに近づいてくると、急にジンがわたしの手を引っ張り、もう片方の腕でわたしの頭を自分の胸に押しつけた。


「……参加者の方ですか?」


「はい」


「もう集合が始まっていますよ。急いでください」


「はい」


 案内の人のほうに向こうとするたび、頭を抑えるジンの力が強くなって、ジンのスーツに顔を押しつけてしまった。


「もうっ! 苦しいってば!」


 ぷはっと顔を上げると、ジンをねめつける。


 髪が崩れてないか気になる。ジンのスーツにおしろいが移ってしまったけど、ジンの所為なんだからしるもんか。もう!


「それ……眼鏡だから」


 わたしが怒っているというのに、ジンはわたしが握りしめている箱の中身を冷静に説明している。わたしは怒った顔をしながら、ジンの眼鏡をかけた。


「ジンのバカ! 眼鏡フェチ!」


「違う。ちゃんと説明する」


 ジンがわずかに目もとを赤くしながら否定する。


「説明……って、やっぱりこの眼鏡も何かの発明品なの?」


「……そうだよ。時間がないから手短に話す。サクラには生まれながら魅了の潜在能力がある。それもかなり強力なレベルのやつが。この眼鏡はそれを遮断するために作ったんだ」


 いきなりの話に、頭が追いつかない。


 魅了の力は聞いたことがある。人間や動物、モンスターを魅了し、意のままに操れる力のことで、レベルが高いほど、効果は絶大だって。


「え、でも、わたしに……?」


「少しは身に覚えあるだろ。誘拐未遂」


 小さい頃に、誘拐されそうになったり、露出魔に会ったりしたのも、わたしに魅了の力があったから……?


「あ! そういえば、さっきも……」


「さっき? 何かあったのか?」


 ドロシーに絡まれたときにドロシーの様子がおかしかった話をジンに話すまえに、しびれを切らした案内の人に強制的に大聖堂に連れて行かれてしまったため、話せなかった。

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