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逆さ虹の森

迷子の風船とタヌキの子

作者: 乙羽



それは、ある朝のことでした。

昨夜降った雪が降り積もり、森は一面真っ白です。

ふわふわの雪道には、一組の足跡とソリを引きずったような跡が残っていました。


まるで、新しい道を作るようにして雪道を歩くのは一匹のタヌキの男の子です。

彼の名前はココ。

とある魔法屋さんで働く魔法使いです。

ファー付きの暖かそうなコートを着たココは青い子ども用のソリを引きずっています。

ソリには大きな木箱が乗っており『送付先:トナカイさんの家』と書かれていました。


「この辺のはずなんだけどなぁ」


ココは困ったように呟きながらソリをズルズルと引きずります。

近くにあるのは雪の積もった木々と凍り付いた大きな川だけで、家も店もあるようには見えません。


「困ったなぁ」


ココがそう呟いたときでした。


「えーん!えーん!」


近くから誰かの泣き声が聞こえてきたのです。

キョロキョロと辺りを見回すと、真っ白な木の上に青い風船が引っ掛かっています。

木は先の尖った枝も多く、刺さったら割れてしまうかもしれません。


「えーん!誰か助けてー!」


どうやら、泣いているのはこの風船のようです。

きっと、風に流されて引っ掛かってしまったのでしょう。

細い枝に紐が絡み付いているのが見えます。

ココはソリを引きずりながら、風船の引っ掛かっている木に近づきました。


「風船くーん!大丈夫ー?」


木の下から叫ぶと風船が、助けてー!と叫び返します。

ココは風船に、ちょっと待っててー!と叫ぶと荷物の横に置いていた大きな杖を持ち上げました。


ココの身長より少し小さいくらいの木の杖です。

頭にはキラキラした黄色い石が付いていました。

ココは杖の先端を雪に突き刺すと魔方陣を描き始めます。


「えーっと、ここがこうで……あれ?なんか違う……」


大きな円とたくさんの線。

見たことのない文字。

それから、風船と雪だるまの絵。


「大丈夫かなぁ……間違ってるかも……」


ブツブツと呟きながら、ココは杖をお空に向けました。

そして、大きく口を開いたのです。


「お願いします!」


ココが叫んだ次の瞬間でした。

魔方陣からたくさんの光が出て、いっせいに風船に向かって集まります。

光の集まりは木の枝に引っ掛かった紐を外すと、風船と一緒にゆっくりと地上へ降りてきました。


「えーん!ありがとー!」


風船の子は泣きながらココにお礼を言います。


「どういたしまして」


ココは、成功して良かった。と思いながらそう返しました。


「どうして引っ掛かってたの?」

「風に流されちゃって」


尋ねると風船はそう答えます。

ココは、やっぱりそうか。と思いながら、大変だったね。と言いました。


「ねえ、風船くんはこの辺の子?トナカイさんのお家を探してるんだけど知らない?」


ココが尋ねると風船は、知ってるよ。と答えます。


「おんぼろ橋の向こう側だよ。僕のお家の隣なんだ。案内してあげる」


風船がそう言ったので、ココは案内してもらうことにしました。


風船が飛ばされないように風船の紐を魔法の杖の先に結びます。

それから、杖をソリの上に置いて、一匹のタヌキと一つの風船は出発しました。


「僕のお家はあっちだよ」


風船が差したのは凍った川の向こうでした。

確かに向こう岸の木々の間に家が何件か見えます。

ココは、橋を渡らないと。と呟いてから橋の方へと歩みを進めたのでした。


それからしばらく進んだときでのことです。

森を二つに別ける大きな川にかかったおんぼろ橋が見えてきました。

その橋の真ん中付近に一匹のリスが立っています。

リスは橋の手摺の上に立っていました。

横を通り抜けられそうだ、と思ったココはボロボロの橋に足を踏み入れます。

橋は穴だらけでしたが、注意して進めば落ちることもないでしょう。


リスはココと風船を見ると軽く会釈をしていました。

知らないリスでしたので、ココと風船も軽く会釈を返します。

特に問題ないように見えました。

しかし……


「何するの!やめてよ!」


突然、風船が大きな声を上げたのです。

ココが慌てて振り返ると、ソリの上にリスが乗っているのが見えました。

先程まで橋の手摺に立っていたリスです。

よく見ると、リスの手には風船を結んでいた杖が握りしめられていました。


「な、何してるの?!」


ココは慌てて叫びます。

しかし、リスは杖と風船を持ったまま、ココたちが来た方へと走っていってしまいました。

そして、川岸近くの木を登ってココの視界から消えてしまったのです。


「誰かー!助けてー!」


葉っぱの隙間から飛び出した風船が叫びます。

ココは慌ててソリを反転させると、おんぼろ橋を引き返しました。

今にも崩れ落ちそうでしたが、そんなことを言っている場合ではありません。


穴から落ちないように慎重に、だけどできるだけ急いで橋を渡ります。

その間にも、リスはガサガサと音を立てながら木を駆け登っています。

風船は、その少し下をリスが動くのとほとんど同じ速さで登っていきました。

飛び出した枝が何度も風船にぶつかります。

今すぐ風船に突き刺さってもおかしくない状況でした。


「うわああん!怖いよぉ!」


風船の悲鳴声が辺りに響いています。

ココは大急ぎでリスの駆け上がった木に近寄ると、叫びました。


「リスさんやめて!風船くんが割れちゃうよ!」


叫び声を聞いたからか、リスはようやく止まりました。

しかし、そこは殆んど木のてっぺんです。

とてもではありませんが、ココが登れるような高さではありませんでした。



「うわああん!高いよー!怖いよー!」


風船は泣き叫んでいましたが、リスが杖を離す様子はありません。

それどころか、とっても意地悪そうに笑っているのです。


「えーん!えーん!助けてー!」


風船は泣いていましたが、木を登れないココは困ってしまいました。

さっきのように魔法を使おうにも杖はリスに盗られてしまっています。

せめて紐がほどければ風船だけでも降りてくることができるかもしれません。

しかし、手のない風船が自力で紐をほどくなど不可能です。


「リスさーん!杖と風船くんを返してー!」


ココは再び叫びましたが、リスは知らんぷりしながら枝に座っていました。

それどころか、ココの杖をまるで自分の物のように眺めています。

ココは困ってしまいました。


「誰かー!助けてー!」


可哀想に。

風船は声が枯れそうなほど泣いています。

ココはどうにかして木を登ろうとしましたが、ツルツルと滑ってうまく登れません。

どうしたら良いんだろうと困り果てていたときでした。


「いったい、どうしたんだい?」


一匹のヘビがニョロニョロとやって来たのです。


「ヘビさん大変なんだ!」


ココはヘビに、風船と杖がリスに連れ拐われてしまったことを説明しました。


「お願い!風船くんを助けて」

「もちろんだよ」


ココが頼むとヘビは二つ返事で頷きます。

そして、ニョロニョロと木を登っていくとすぐにリスの元にたどり着いたのです。


「やあリスさん、こんにちは」


ヘビはリスに挨拶をしましたが、リスは相変わらずの知らんぷりです。


「風船くんとタヌキくんの杖を拐ったらしいね。今すぐ地上に返してあげてくれないかな」


ヘビがそう言うと、リスはようやくヘビの方を向きました。

そして、フンッと鼻を鳴らすと口を開いたのです。


「言いがかりはよしてくれ。この風船も杖もアタシの物さ」


それはとても不機嫌そうな声でした。


「僕はリスさんの物じゃないよー!」


風船が泣きながら言いましたが、リスは風船の言葉を無視して言います。


「嘘だと思うなら、アタシの物じゃないっていう証拠を見せとくれよ」


ヘビは困ってしまいました。

どう考えても嘘をついているのはリスですが、証拠なんて持っていません。

どうにかして風船だけでも助け出したいところですが、この様子ではリスが風船を手放すことはないでしょう。


「えーん!助けてー!」

「風船くーん!ヘビさんが助けてくれるから頑張ってー!」


風船の泣き声とココの叫び声がヘビの耳に届きます。

子どもたちに期待されて、今さらできないなんて言えるわけがありません。

ヘビは一生懸命頭を捻って、そして良い案を思い付きました。


「そうかい。では根っこ広場に行ってみよう。あそこなら誰が嘘をついているかすぐに分かるからね」


根っこ広場はたくさんの木の根っこが飛び出した広場です。

根っこ広場で嘘を吐くと飛び出した根っこに捕まってしまうのです。


ヘビの言葉にリスは物凄く嫌そうな顔で言いました。


「嫌だね。なんでそんな遠くまで行かないといけないんだい」


ヘビはリスの言葉にため息を吐いています。


「キミが証拠を見せろと言ったんじゃないか」

「今すぐ出せってことさ」

「それができないから根っこ広場に行こうと言っているんじゃないか」

「そんな遠くまで行きたくないと言っているだろう」


リスの言葉にヘビはとぐろを巻きます。

そして、リスを頭から爪先まで眺めてから口を開いたのです。


「ところでリスさん、お腹は減っていないかい?」


ヘビの言葉にリスは、突然なにを言い出すのだろうと首をかしげます。


「今は減ってないけど」

「そうかい。僕はとても減っていてね。近くに丸呑みできそうな嘘吐きリスがいるんだよね」


そう言ってヘビは大きな口を開けて笑いました。

鋭い牙の覗くそれに、リスがブルブルと身体を震わせます。


「僕が食いしん坊で有名なのはリスさんもよく知っているよね」


念を押されるように言うヘビに、リスはコクコクと頷きました。


「わかったわかった。嘘を吐いたのは謝るよ。杖も風船も返すから、食べないでおくれ」


リスはそう言って杖を太い幹に置くと、ぴょんぴょんと木の枝を飛び移り逃げていったのでした。

あとに残されたヘビはホッとため息を吐くと風船の結びつけられた杖を持ってニョロニョロと木を降りていきます。


「えーん!怖かったよぉ!」

「風船くん良かったぁ!」


木の下にはココが笑顔で待っていました。


「ヘビさんありがとう!」

「ありがとうヘビさん!」


ココと風船がお礼を言うとヘビは、良いんだよ。と笑います。


「無事で良かったよ」


ニコニコというヘビさんにココと風船はもう一度お礼を言って、再びおんぼろ橋へと向かうのでした。


「今度お礼するねー!」

「僕もー!」

「前を向いて歩かないと危ないよ!」


ヘビさんにブンブンと手を振りながら歩いていると、あっという間におんぼろ橋にたどり着きます。

おんぼろ橋は相変わらず崩れそうな出で立ちでしたが、リスさんはいないようです。

ココと風船は安心したようにため息を吐くと、たくさんの穴が空いた橋に足をかけました。

ココの引くソリが橋の床板をガタガタと揺らします。

ココは崩れてしまわないように、慎重に歩きました。


「怖いねぇ」

「怖いね。でも、もうちょっとだから」

「うん。頑張ろう」


一匹と一つはお互いに励まし合いながら橋を渡っていきます。

5分ほど時間をかけて渡りきったときには、ココも風船も緊張から汗びっしょりでした。

さあ、トナカイさんの家まではもう少しです。


「そこの道を右に行って。それからまっすぐ」


風船の案内に従って、ココは道を歩きます。


「あのお家だよ!」


そして、ついにたどり着いたのです。

そこはお庭に立派なソリが置かれているお家でした。

家の扉に『トナカイの家』と書かれた札が下がっています。


「やったー!トナカイさんの家だー!」


ココは大急ぎでそのお家に駆け寄ると、家のチャイムを鳴らしたのでした。


こうして、無事トナカイさんのお家に荷物を届けたココと風船は、配達のお礼にたくさんのお菓子をもらいました。

ココと風船は、そのお菓子をヘビさんにおすそわけするつもりです。

優しいけれど、食いしん坊のヘビさんはきっと喜んでくれることでしょう。




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