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天端怪奇伝  作者: 湯殿たもと
4/5

その4 吹雪

天端怪奇伝 -16-


土曜日。天気は晴れでお出かけ日和。

「お兄さん、頑張ってきてくださいね」

「おうよ」

千秋にも励まされて家を出る。待ち合わせ場所に30分前に着く。さすが急ぎすぎたか、と思った途端にしげくーんと声がする。

「待った?」

「今まさにちょうど着いたところだ」

「そっか!」

「それじゃ行くぞ」

改札を通り列車に乗り込む。俺は定期券を持っているが持っていないいろはには整理券を持たせた。

「しげ君、今日はどこに行くの?」

「まだ秘密だぞ、楽しみに待ってろ」

「そっか!楽しみにしておくよ」

おめかししてきたいろははにっこりと笑う。列車はカタンカタンと走り泉宮駅についた。普段学校に来るときも使う駅だがこんなにいい気分で降り立つのは初めて。

「もしかして、水族館に行くの?」

「よくわかったじゃないか。水族館に行くぞ。イルカ好きだろ?」

「ありがとうしげ君」

水族館までバスに乗って水族館へ。二人分のチケットを買って入る。パンフレットを二人で見ると、イルカのショーや白くまの餌やりはまだということが分かったのでまずはぶらぶらと魚を見る。入ってところにあるのは大水槽。さまざまな種類の魚が泳いでいる。

「あれがいわし、これがエイ。あそこに亀もいるよ!」

「そうだな。あそこにちっこい鮫もいるぞ」

「違う種類の魚を同じところに入れて大丈夫なのかな。鮫がいわし食べちゃいそうだよね」

「んーそうだなぁ」

後で調べてみるか・・・。そこから先に歩くとクラゲや蟹が入った小さい水槽が並ぶ。俺は小さいとき一度くらげに刺されたことがある。まあその時はトラウマになったが今はトラウマでもなんでもないし、くらげは見てるだけで飽きない。

「海しばらく行ってないなぁ・・・」

いろはがそう言って海老を眺める。

「いつから行ってないんだ?」

「んー、小学五年生が最後かなぁ。丸二年行ってないね」

「俺は今年の夏に行ったぞ。そうだな、来年の夏に一緒にいこうな」

「そうだね、楽しみにするよ」

いろははにっこり笑って答える。俺も楽しみだ。いろははどんな水着を着てくるんだろうか。何が似合うかなぁ、くふふ。

「ヒトデだ」

「お?ヒトデか」

ちょっと妄想が過ぎそうになったのをヒトデに戻される。ヒトデで妄想に走る女子高生もいるんだから逆だな。

「ヒトデって海で見たことないな、水族館だけだね」

「俺もないな。浜辺じゃなくて岩場にいるのかもしれないな」

白くまの餌やりの時間が近づいて来たのでそちらへ向かう。水族館は全体的にすいていたが白くまだけは大混雑。いろははちびっこい体を生かして一番前に出る。俺はちょっと後ろから。少しすると係員が肉を檻の中に投入する。白くまは肉を見つけると豪快にかぶりつく。なるほどこりゃ凄いな。年間パスポートを買う人の気持ちがなんとなくわかったような気がした。

餌やりが終わるといろはが興奮した様子で感想をどんどんしゃべる。凄い凄い豪快とか文脈が怪しくなるくらい興奮。

「それで写真は撮ったのか?」

「あーっ!撮ってない!どうしよう」

「俺が撮ったから見せてやるよ。ケータイに送ってもいいし」

「ありがとう。ぜひそうしてよ」

「ああ」

その後アザラシやペンギンがすいすい泳いでいるのを見て、空腹を覚えたので水族館の中でお昼にする。シーフードカレーやチャーハンのメニューがあった。さっき観察したものを食べるのは微妙な気分だが美味しい。いろはも美味しそうに食べているので満足。


さて、午後はどうしようか。思ったより水族館をはやく見終わってしまったのだ。駅に戻って地図を見る。ここは?といろはが指差したのは博物館。たしか縄文時代の遺跡から出てきた遺産を展示しているところだ。

「よし、行こうか」

「うん」

そしてクリスマスの色に彩られた町からバスで博物館に出掛けた。


-17-


縄文博物館についた。出土した土器を展示しているという。存在は知っていたが入ったことがない。小学校の遠足にぴったりだと思うのだが。

「ここ一度きてみたかったんだよ」

「いろはの学校も遠足で行かなかったんだな」

「行きたかったんだけどね」

「まあいいだろ。今日は個人で来たから気の済むまでゆっくりみられる」

「そうだね、ゆっくり見るよ」

いろははじっくりと出土した土偶や土器を観察している。少なくとも俺より数倍は詳しいな。俺は学校の歴史で学んだ分の知識しかない。・・・しかし俺としてはこれはどうすればいいのか?

「縄文土器のどんなところが好きなんだ?」

「縄文土器っていうのはね・・・」

いろははかなり興奮して話し出した。滅茶苦茶詳しい。そして熱い。

「・・・ってところが好きかなぁ」

「俺には知識が無いからわからないけど、骨の髄まで好きなんだな」

「そうだね。みかんの皮の白いところまで味わってるかもね」

「趣味っていうのはそういうもんだな」


夜になり、いろはと別れる。来週末にもデートしようと約束する。そういえば来週はクリスマスなんだなぁ。恋人たちが一年で一番熱い夜を過ごす日。まあいろははまだ中学生だし夜遅くまで付き合わせるわけにはいかないからな。また来週が楽しみになってしまった。

日曜日。テスト勉強。これ間に合うか?

月曜日。テスト初日。案外行けるな。助かったぜ笹川。アシストありがとな。

火曜日、水曜日、木曜日と地獄のような日々を終えテストから解放された。ふう。やっとだな。


続きます。



-17.5-


「ねぇ美波、久保田くんに勉強教えたって本当なの?」

「教えてない。ノート見せただけ」

「んー、教えてなくはないんだね。美波、久保田くんにも優しくなったんだね」

「そういう訳じゃない。久保田には事情があるから」

「事情?」

「凪が信じてないかも知れないけど、久保田は幽霊の友達がいる。その友達はいつ消えるかわからない。だから」

「そうなんだ・・・幽霊の友達。不思議だね」

「私も見えない。だけど久保田は真剣だったから、協力した」

「美波友達思いだもんね。村上さん怪我したとき毎日お見舞いに行ってたよね」

「・・・」

「私も美波とずっと友達でいたいな」

「凪、私もずっと一緒にいたい」


・・・・・・はわわわわわわわ?!

えと、二人抱き合ってるよ!?どういうこと?

不来方さくらは部室の入り口で固まっていた。


-18-


テスト明けの金曜日。今日はゆっくりいろはと話が出来る。しかも日曜日はまた一緒に出かける約束をしてある。楽しみだ。楽しみすぎてテスト中に計画を練ったくらいだ。

「いろは!」

「しげ君おはよー!」

「テストは乗り切ったぞ!これでたっぷり話が出来るぞ!」

「やったねしげ君!それにさ、もうすぐ冬休みだよ?帰省する日とかは別にして毎日一緒にいられるよっ!」

「最高だ」

「しげ君終業式いつ?」

「二十五日の月曜日」

「いっしょだね」

「絶対に風邪とかひくなよ?ひいたらお仕置きだぞ」

「しげ君こそ気をつけてよ?ボクのお仕置きはくすぐりじゃすまないからね?」

「あっははは」


・・・このノリを学校まで持ち込むのは危険だな。別れたあと急いでクーリングオフ。・・・クーリングオフって別の言葉じゃないか?あれ、クーリングオフってなんだっけ。まあいいや。もう冷めたからな。

学校では返ってくるテストから目を反らしてのんびりと過ごす。まあ、赤点は無かったし、絶対的に見て悪いとは言え古典や歴史はかなり改善したし他も悪くはなっていない。笹川の助けが大きかったんだな。

「見せて」

その笹川がテストを見せてというのでおとなしく見せる。まだ低い、という反応だった。笹川のが頭がいいのは間違えないし俺よりは熱心にやってると思うので当然だ。

「あまり久保田がバカだとその娘に嫌われる」

「ぐぬぬっぅ!言うな・・・だが事実かもな」

うーん、次回は勉強をさらにしなくてはならないな。態度はバカでも何かしら勉強できなくちゃな。・・・態度もバカやめたほうがいいか。

放課後になるダッシュでいろはのところへ。このところテストで長く話せなかったからな。先に行ったところでいろはが早く来ているわけではないということに気がついたのは場所について五分くらい待ってからのことだった。

・・・遅いな。いつもの時間になってもいろはが来ない。補修なのか?いやいや、いろはは幽霊で気がつかれないから補修になることはないはずだ。たぶん。

・・・遅い。どうしたんだろう。今朝あったから休んだ訳ではない。て言うか風邪ひくのかいろは。やたらとさっきから人が通るから余計に来ないのに心配になる。ん?サイレンまで聞こえる。何かあったのか?

「久保田さん大変だよこっちきて!」

知らない女子に手を引かれる。誰だこいつ。そのまま手を引かれてついていってみると交通事故が起きていた。出会い頭で乗用車どうしが激突していた。運転手は双方ともそこまで怪我は酷くないように見えたが救急車で運ばれていく。

・・・・・・

・・・

いろは?

人混みの中にいろはがいる。・・・まずい。今まで少し注意が甘かった。いろはにこの光景を見せたらダメなんだ。

いろはを人混みの中から救出し現場から出来るだけ遠ざける。いろはは無抵抗で、そして涙を流していた。

「しげ君」

「なんだ」

「ボクここにいていいのかな?・・・ぐすっ、閻魔さまのところに行かなくていいのかな」

まずい!

「閻魔さまはいろはのこと呼んでないだろう。呼んでたらもうとっくにいってるだろう」

「・・・そうだよね?ここにいていいんだよね?」

「そうだ。ここにいてくれ。何処か遠いとこに行ったら許さないぞ。俺は連れ戻しにいく」

「ボク、知ってるんだよ、本当は・・・」

「どこにも行くなっ!いろはの居場所はここなんだろ!お母さんと俺と皆がいるここなんだよ!」

「・・・死神が迎えにきてるんだよ・・・助けてしげ君・・・助けて助けて!」


「しげ君っ助けて!死神がきてるんだよっ!」

「何っ死神だと?」

・・・・・・死神は見えない。いろはが単に怯えて幻覚を見ているのか。いや、本当にいるのか。答えはもちろん本当にいる、ということだろう。いろはがこんな嘘をはずはない。仮に幻覚だとしても、俺がいろはを安心させることができれば幻覚は覚める。行くしかない!久保田義重、男を見せろ!


-19-


「よし、おんぶだ」

「えええっ」

「俺に乗れ、死神から逃げ切ってやる!それでいいだろ?」

「わかった!」

いろはが俺に体重をかける。背負って周りを見る。やはり見当たらない。

「どっちの方向に死神がいるか教えてくれ!俺は前が見えづらいから」

「わかったよ!今はまっすぐ」

「どうだ、奴は」

「追ってくるよ!」

「あっ前からも!」

「くそう!左だ」

見えない敵から逃げるのは難しい。しかし奴らはしっかり来ているようだ。いろはの声の怯えようからわかる。だから俺は見えない敵から逃げ続けなければいけない。

しかしそれじゃじり貧だ。何かしらの死神を追い返す方法を考えなくては。

・・・いちかばちか。辻のところにいってみるか。あいつも人から見えなくて、何者かはわからないが特殊な存在だ。

「追ってくるか?」

「右から来るよ」

左に逃げた先にはいろはの家。

「いろは、自転車あるか?」

「有るよ、ボクのとお母さんの」

二台あるなら好都合だ。これで駅まで行こう。

「あっボクのパンクしてるっ!」

「何っ?!・・・仕方ない二人乗りだ!つかまれっ」

自転車の二人乗りで駅へむかう。出来るだけ速く走りたいがそうすると風の音で指示が聞こえにくくなるのでゆっくり走る。

「わっしげ君前からも来たっあっ避けてっ!」

「避ける!?」

何があるのか分からずに避けられないでいるとズバンっと音がする。タイヤがパンクさせられていた。・・・これはマジのヤバい奴だぞ。

「しげ君左っ」

「左から来たかっ!」

ハンドルを右に切る。パンクしたから難しい。おっとよろける。危ない危な


・・・

・・・

・・・

・・・

・・・


「あ・・・ここどこだ」

白い天井、白い壁。そしてなんか体から伸びる管。・・・点滴、つまりここは病院か?しっかし誰もいねぇな・・・このボタンもしかしてナースコールか!これ一度押してみたかったからな。せっかくの機会だ。一秒間に六十回で連打する。

すぐに看護師が駆けつける。世の中にはこんなに便利で快感があるボタンがあるのか・・・じゃなくて。

「久保田くん」

男の看護師はたまげたような顔をして俺を見る。パンダじゃねーんだよ俺は。看護師が何処かへ行き仲間をつれて戻ってくる。

「いやいや、久保田くん、君は凄い生命力だよ」

白い髭を生やした爺さん(医者か?)が言う。いまいち事態がつかめない。そもそも俺は怪我した記憶がない。それを聞く。

「車に思いっきりはねられたんだよ、それでな」

「そうなのか交通事故ねぇ、で、いろはは、明智さんは」

「誰じゃほい」

「自転車の持ち主ですよ」

「あの美人の奥様かほほほ」

「あー持ち主の娘のほう」

「娘?」

「娘さんがどうかは知らないが、あの現場にいたのはあなたと車の運転手だけでしたよ」


・・・

・・・

それからいろはの姿を見ることはなくなった。幻だったのか?と、思うくらいに、きれいさっぱりと痕跡も残っていなかった。

いろはのお母さんもその日以来いろはを感じられなくなってしまったという。

・・・俺がいろはと出会わなければ、お母さんといろははずっと一緒にいられたんだろうな。・・・俺のせいだ。いろは・・・

・・・

・・・


いろはを殺したのは俺といっても過言ではない。俺が・・・いろはと出会わなければ・・・いろははそのままの暮らしを続けられたんだろうな。

でも、いろはの見せてくれた笑顔。俺と出会えていろはが本当によかったのか本当のことは分からない。けど、あの笑顔を信じたい。


おしまい


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