その1出会い
天端怪奇伝
-1-
「うぉー寒っ」
12月の朝は凍えるような寒さだった。布団から出たくないのでぎりぎりまで粘っていると、
「お兄さん、起きてくださいっ遅刻しますよ」
「もうちょい」
「はい、朝ごはん」
千秋はラップに包まれたおにぎりを頬っぺたにつけてくる。程よい温かさ。
「いつもぎりぎりに行って朝ごはん食べないんだからおにぎり作ったんだよ、行く途中でいいから食べてよ」
「うーん、ありがと、それじゃおやすみ」
「起きてよーっ」
ぎりぎりで学校に滑り込む。チャイムと同時に教室に入り席に座る。毎日ぎりぎりなのは良くはないのだが朝の睡眠時間には変えられない。朝の五分の睡眠は一億円にも勝る価値がある。
一時間目の休み時間に我が文芸部の部長、不来方さくらが誰かに呼ばれて廊下に出る。船引もついていったので帰ってきてから事情をきく。
「どうしたんだ?」
「演劇部の人たちが文芸部に劇の脚本を書いてほしいんだってさ」
「脚本か、文芸部も認知されて頼られるようになったんだな、よし、俺が書いてやろう」
「ははは、久保田に書けるかっ」
「失礼だな、これでも本は読んでるんだぞ」
「本を読んでるといっても書けるかどうかは別だろ。まあ俺も書けないだろうけどな」
「不来方はどうだ、書けそうか?」
近くで話を聞いていた不来方に話を振る。
「私もどうかなぁ、劇はあまり見たことないから・・・難しいね」
放課後。
文芸部室に部員全員で集まり松島や笹川にも、その内容を話す。全会一致で脚本作りをすることに決まった。船引が各自が作品を書き一番良い作品を演劇部に提供することに決まった。こう、競争となると燃えてくる。少なくとも船引には負けたかねーな!
家に帰ったあとすぐ机に向かった。千秋が珍しいというが事実これは珍しい。まあ勉強とは違うのだが。
・・・思い付かねぇ。何かしろ書かないと競争どころじゃない。まず、リングに上がらねば。・・・思いつかねぇ、仕方ない。締め切りは明後日だ。明日ゆっくり考えよう。
-2-
翌日。妹に起こされる。まだ眠いし寒いから起きたくないぞ・・・
「冬だから冬眠するぅ」
「そんな事言ってると三月までご飯抜きですよ?」
「ぎゃっそれは困るっ」
千秋の方が一枚上手らしいな。まあ、千秋のおかげで朝ちゃんと起きられてるんだから感謝しなくちゃな。朝飯をくわえて家を出る。
学校では何故かやたらと眠かった。昨日は早く寝たのにな。学校で居眠りするのが習慣になっている、というだけで眠くなるのだったら困る(まあ自分が悪いのだが)。もうテストも近いんだがな。
放課後は文芸部だが、今日は別の場所で脚本にチャレンジしたいと思う。通常の場所と違う場所で取り組むと良い案が思いつく、というのをテレビで見たことがある気がする。逆もあるが。
学校を適当に歩いていると小部屋を見つけた。三年生の面接の練習にでも使うのだろうか。鍵はかかってなかったのでそのまま入る。若干埃っぽかったので少し箒で掃く。
さて、始めるか、と思い机にノートを広げようとすると落書きが机にびっしりと書いてあった。しかもそれは途切れていない一つの文章だったのだ。
これはただの落書きじゃないな。もしかしたら何かの魔術と関係してるかもしれない。オカルト研究会はこの学校には無いようだが狂信的なオカルト好きなひとが呪文を書き連ねてみたのだろうか。
三分ほどかけて呪文を唱えると目の前にいつの間にか一人の少女が立っていた。誰だお前。この部屋にはもともと俺しかいなかったのにな。
「うーん、君だれよ」
少女は伸びをしてから聞いてくる。こっちが聞きたいところだが。
「文芸部のエース、久保田義重!」
「私は辻あやめ」
辻はきょろきょろ辺りを見回してから、
「君がなんか知らないけど、召喚したみたいだね」
召喚って何だよ、カードゲームじゃあるまいし。新手のドッキリか?いや、わざわざこんなところでやらないだろうしな。
「私はまぁ、幽霊とか神様の類いのものだからね」
逆に俺が異世界に引っ張られてしまったのか?あの部室が魔界の入り口で・・・いや、バカらしい。神社の裏山の魔界に繋がる洞窟じゃあるまいし。
「で、君は何しにここに来たの」
そうだ、主の目的を忘れたら大変だ。
「静かな部屋で脚本を書こうと思ってな、演劇部から頼まれてるんだ」
「面白そうだね、そうだ、私が温めてた作品も書いてほしいんだけど」
「良いぞ、どんな内容だ」
するとその少女は俺の瞳をきっ、と睨む。なんなんだいきなり。そして五秒くらいして睨むのをやめてこう言った。
「これで脳みそにインプットされたから」
そう言って教室を出てどこかへ行ってしまった。どういうこっちゃ。
そのあともその部屋で一人で考えて、思いつかずに帰宅したのだった。
-3-
きょろきょろ。きょろきょろ。
随分と道をわたる前に注意している中学生がいる。・・・いや、いくらなんでもそこ、渡れるだろ。なかなか朝は停まってくれる車は少ないが、しかしこの少女はなかなか渡ろうとしない。
最近はちょっと少女に話しかけるだけで不審者として通報されてしまう世の中らしい。まあ、誘拐事件とかも多いし仕方ないのだがやり過ぎではあると思う。この調子じゃ街中でお爺さんが倒れていても誰も救急車を呼ばないとか、まずいことになりそう。という訳で少女を無視し通り抜けようとしたところ、
「そこのお兄さん!」
「俺か」
「わっ、そうだよ、ちょっといい?」
話しかけておきながら少女は少し驚き、そして尋ねてきた。話の筋が見えないので続けさせる。
「ボク、車を探してるんだよ」
「車?フェラーリでも探してるのか」
ちょっとうぐぅっぽいと思った。昨日も東方旧作っぽかったし。気のせいか。
「このナンバーの車だよ」
「北国 x お xxxx」
「この車を探してね」
「何の用があって運転手探してるんだ?」
「お礼がしたいんだよ」
「なるほどな、よし分かった、協力するぜ」
「いいの?ありがとう」
少女は笑顔でお礼を言う。ちょっとからかってみるか。
「俺が見つけたらお礼を俺にも分けてくれ」
「分ける?・・・うーん、それは出来ないかなぁ、ボクの考えてるお礼は分けたりできないものだから」
「じゃ、別のものをくれ」
「考えておくよ」
馬鹿な話をしてたら時間が無くなった。列車に飛び乗り急いで学校へ向かった。
で、テストが近いにも関わらずぐだぐだ過ごして放課後。家で書いた原稿を持って文芸部へ。ホントに辻の言うとおり、さくひんが脳みそにインプットされていたのだ。
「久保田やべぇ」
作品を見たときのかなめの反応はこんな感じだった。俺も書いてみてヤバイと思った。辻の文才恐るべし。まあ友達が書いたものだと適当に言っておくことにする。
「これはこの辺りの民話だね、七夕の」
「そうなのか?」
「でも民話が元だけど、それをアレンジして作ったところが凄いなぁ、文才もあるし。その友達に会ってみたいな」
不来方がそう誉める。会うのは難しそうなので適当にごまかしておく。
「ところでそこの方は」
「演劇部次期部長の相馬曜子さん」
「はじめまして」
「はじめまして相馬さん」
こんな感じで自己紹介を始めることになった。まあ文芸部の連中はお互い知り合ってるわけだから外の人に挨拶するだけだが。
「もう一人の方は何ていうんだ?」
黒髪の日本的美人が端のほうに座っているのでその人にも名前を聞く。
「ん?」
「ほぇ?」
「・・・」
「?」
「えっ?」
「え」
・・・・・・?
何故か皆「?」という反応をしている。こっちが?だ。そもそも俺はともかく黒髪の女子に失礼だろう。
「何で皆揃って無視するんだよ失礼だろ」
「久保田こそ何言ってるんだ、誰もいないぞ」
「そこにいるだろっ小栗の隣」
「・・・いるのかはわからないけど僕には見えないよ」
ちっ、ちょっと風でも浴びてこよう。腹がたったぞ。無言で廊下に出ていったとき、例の黒髪さんが追いかけてきた。ちょっと一緒についてきてほしいところがあるというのでついていく。そこは昨日の例の小部屋だった。辻が机に突っ伏して寝ている。
「私は夏井かえでです」
「久保田義重だ、よろしく」
黒髪の娘が名乗ったので名乗り返す。
「何かさっきはすまんな。良い仲間なんだけど今日は無視しやがって。機嫌悪かったんかな」
「私は、・・・幽霊ですから」
「・・・夏井さん?」
「ん?なっちゃん来てたの」
「知り合いかよ」
「うん、むしろなっちゃんと久保田が知り合いなのがビックリだよ」
「で、夏井さんは幽霊なのか?まじで」
「ま、そんなとこ」
「・・・」
俺が少し、おかしくなってるんじゃないかと思う。いろいろ見えてるし。夏井さんが他の人に見えないのはさっきの反応ではっきり分かったし、・・・俺、どうなるんだ?
-4-
もやもやして放課後。朝と同じ場所で朝と同じ少女を見かける。
「よ、マイハニー」
「まい?」
「マイマイ」
「カタツムリ?」
「音ゲーだぞ」
「ボクそういう類いのゲームは苦手だよ・・・じゃなくて何してるの」
「何してると聞くのは俺の仕事だ」
「車を探してるんだよ」
「そうか、ま、余り遅くならないうちに帰れよ」
「わっ、ちょっと待って会話終わるの早すぎるよっ」
「そうか、じゃあ続けよう、マイマイの話」
「いやぁ、ゲームの話じゃなくて・・・」
「カタツムリの話だぞ」
「いや、えーと、カタツムリじゃなくて」
「みつばちの話か?」
「みつばち?」
「ハニーだからな。さっきマイハニーって言ったからな」
「フケツーーーーーーーっ!」
翌日。朝の町にはまた昨日の少女が立っていた。相変わらず車を探してるんだろう。
「そういやお前名前なんていうんだ?」
「明智いろは、だよ」
「俺は久保田義重、あらためてよろしくな」
「久保田くんよろしくね」
「明智クン」
「わぁ明智クンって変だよ」
「明智クンは明智クンだろう、そんなとこより車はどうだ」
「見つからないよ、そうだ、見つけたら教えてよ」
そう言って明智はケータイを取り出す。おいおい、知らない男とそんなほいほい番号を交換していいのか、駄目だろう。まあありがたく交換しておくことにするが。
「いつから探してるんだよその車」
「去年の九月」
「何ぃっ、一年半近いじゃないかっ」
「そうなんだよ」
「そうだな、もう一本向こうに大きい道あるだろ、そっちで探したらどうだ?同じところで探すより良いだろう」
「うん、そうしてみるよ」
時間が無くなって来たので急いで学校へ向かう。どうも女の子と話してると時間が無くなる。
学校に来てしまうともうやる気が出ない。一時間目からうとうとしてると背中からつんつんと揺すられる。が、ここは一番後ろ。何だと思って振り返るとなんと夏井さん。寝たら駄目だよ、と語りかけてくるのですまんすまんとジェスチャーで示す。それじゃあね、と言って去っていった。・・・周りに気づかれてないあたり、幽霊だな、と確信した。
放課後文芸部。今日も何故か相馬さんが来ていた。部長が会いたいと言っているという。
「光栄だな」
「それじゃ明後日で良いですか?明日はいそがしいそうで」
「いつでも構わない」
「随分鼻が高いな」
船引が野暮な突っ込みを入れてくる。まあ確かに俺は写しただけだが。
「そういや昨日の幻覚は何だったんだ?あれ」
「俺の優れた第六感だぞ、お前には見えない」
「ほー強気だな」
「当たり前だ、これだけは負ける気がしない」
「わっ二人ともやめなよ、それに勝負じゃないよ第六感は」
「不来方には第六感あるのか?」
「う~ん、無いけど・・・」
帰り道。向こうの大きい道路に明智はいた。
「よう明智くん」
「その言い方どうなのかな、でどうしたの久保田くん」
「手伝いにきたぞ」
「忙しくないの?」
「いつでもヒマだからな」
「そうか、友達いないんだね・・・」
「やかましいっいるわっ」
「彼女は?」
「ほっとけ!」
-5-
翌朝。寝坊しかけたので急いで家を出る。千秋が投げた食パンをジャンプして空中で口でキャッチする。どうだいこの腕前!・・・なんか犬みたいだなぁ・・・。
明智には出会わずまっすぐ駅へ。ぎりぎりで列車に滑り込む。今回はかなりのぎりぎりで危なかった。デッキで息を整えてからいつもの席に座る。
学校ではまた夏井さんに注意されないようにきっちり起きて授業を聞いた。昼休みに小栗と学食に行くことにした。たまに一緒に食べている。今日は寒いからうどん。
「久保田って麺類好きだよね、土日に遊び行ったときもラーメンだし」
「言われてみればそうだな」
「一回ラーメンが有名なところで食べてみたいよね、喜多方とか博多とか」
「そうだなぁ、冬休みとかどうだ」
「それまで倹約しないとね」
放課後、文芸部はなんとなく行く気がしなかったのでまっすぐ帰る。とは言っても駅前で待ちぼうけ。うまい時間の列車がないからだ。
「この前八代デパートの前で交通事故あったの知ってる~?」
「知ってる知ってる、めっちゃ救急車来てたよね~」
「それね、事故起こしたの大学教授なんだって」
「えー?マジサイコパスじゃん!進学したくない!」
いろいろ突っ込みどころのある会話を聞いたりしているうちに列車の時間だ。これでも普段乗ってるやつより一本早い。
いつもの場所に明智がいないのでもう一本の道に行ってみると、きょろきょろしていた。
「やあ、明智クン」
「しつこいよそれ」
「で、車見つかりそうか?」
「うーん、今日のところはまだ見つからないなぁ、でも車通りが多いからね」
「そうだな。しかし見つけたとしてどうやって車を止めるんだ?」
「う、そういえば・・・ゆっくり考えるよ」
その日は一緒に30分くらい探して、見つからないまま帰った。
夜。そういえば駅で女子高生が交通事故の話してたな。ちょいと調べてみるか、とニュースをしらべる。ほー、あそこでねぇ、あそこは確かに見通しが悪いな。可哀想に、ひかれたのは二十歳の会社員。ひいたのは大学教授。とんでもねえな。
「◯◯交差点でひき逃げ事故、犯人捕まらず」
またとんでもねぇ奴がいるもんだな。仮にひいちゃったとしてもその時に応急処置して、救急車呼んだら助かることも多いだろう。「被害者は中学生の」中学生かよ!可哀想に。「明智いろはさん(14)」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
え?
・・・
明智いろは?
続きます。