表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

7.

事務所に着くと、先生は仕事中だった。

占いの仕事。

プライバシー保護のため、仕事場は同じフロアの別の場所を借りている。

私がそちらに行くことはほとんどない。


事務所の中では、例の置き物が大量の供物に埋もれていた。

水やお神酒、ご飯などは、新しいものに代えたらしい。

殊勝なことだ。


「こんにちはー」


とりあえず、声をかけてみた。

返事はない。

死神にお伺いを立ててみたが、何も教えてはくれなかった。

とりあえず、お供え物を少し片付けた。

お菓子や煎餅、甘いものとしょっぱいものがよりどりみどりだ。

なんとなく、缶ビールと乾き物はそのままにしておいた。

神様ってお酒が好きだから。

しかし、昨日のふうせんおじさんは、出てきてはくれなかった。

仕方がないので、机の端を借りて、本当にテスト勉強をするはめになった。

だらだらと作業をこなすようにノートを埋めていく。

問題を解いて、答えを合わせて、間違えた箇所を復習。

ルーチンワークのようにこなしていくと、あっという間にお昼を過ぎていた。

おなかすいた。

先生は、まだ戻らない。

さっきまで貢物であったお菓子をつまんだ。

ついでに、あたたかいお茶も飲みたかったので、大きめのマグカップになみなみと注いだ。

温かい湯気がゆったりとあがっていく。

ふと、置き物を見ると、昨日のふうせんおじさんが腰を下ろしていた。


「えぇ湯気やな」


ふうせんおじさんは、淹れたばかりのお茶をみて、しみじみとつぶやいた。

たしかに、ほこほことした湯気は、見ているだけで落ち着いてくる。


「飲まれますか?」

「あぁ。飲むより、浸かりたいなぁ」

「つかる…。わかりました」


来客用の湯のみに、新しいお茶を注ぐ。

目の前に置くと、よっこいしょ。という感じで、とぽんと湯のみの中に入っていった。

あれ、おかしいな。

こういうの、見たことある。


「あー、えぇ気持ちや」


おじさんは、心底気持ちよさそうに、湯のみの湯船に浸かっている。

しばらく様子を見ていると、おじさんはぽつりと口を開く。


「おなかいっぱいやし、えぇ気持ちやし。ありがとうな、ねぇちゃん」

「いえ、たいしたことじゃないです」

「いや、謙遜はいかん。あんたはえらい。がんばっとるよ」


うんうん、と一人でうなずいている。

そうか、私はがんばってるのか。


「ついでになぁ、頼みがあんねん」

「頼みですか」

「せや。わいの知り合いを探してほしいんや」

「知り合いですか」

「ねぇちゃん、七福神って知っとるか?」


話はこうだった。

いわく、自分は布袋で、今は世を忍ぶ仮の住まいとして、大黒天をしている。

これは、世間を欺くためため、仕方がないことらしい。

そして、いつのまにかいなくなってしまった、他の六柱を探してほしいという内容だった。

この置き物を見つけて購入したのは先生だから、縁があるのは先生ということになる。

それを伝えると、私の後ろを指差して、こう言った。


「こんなに怖いもん従えてるんやから、わいとしては、ねぇちゃんに手伝ってほしいんや」


怖いもの、と言われて振り返ると、死神は思い切り嫌な顔をしていた。

守護霊は、相変わらずのうすーい笑顔で生温かく見守っている。

それに、とおじさんは続ける。


「あの先生、わいのこと見えんのやろ?見えてるのはあんたや」


確信をついた言葉だった。


「分かりました。でも、先生の了承なしでは私も協力できません」

「あたまの固いねぇちゃんやなぁ」


私は、先生が戻るのを待ってから、今までのことをすべて話した。


「七難即滅、七福即生。七福神からの加護を受け、福を授かるであろう。みたいなこと言ってますけど、どうしますか?」

「やるに決まってるだろうが!」


先生は、めちゃくちゃノリ気だった。

冷めた私とは対照的で、こんなにやる気になっている先生を、私は見たことがない。

これも守護霊の仕業だろうか?

近くでは、お互いの守護霊同士で、何やらひそひそと交流が始まっている。

まぁ、深くかんがえないでおこう。

あまり意識してしまうと、ひどいことになるのは目に見えているから。

残りの六柱を探せと言われても、そもそも、先生の目がないと探せない。

先生の、本物を見分ける力が重要だ。

だから、結局、二人で一緒に探すことになった。

先生が自分の勘だけを頼りに探すより、私の見る力もプラスした方がいいだろうという、判断のためだ。


「先生一人で探したほうが早いんじゃないんでしょうか?」

「お前の力が必要だ。費用は、全部俺が持つ。ついでに手当も付けてやる」

「わかりました!」


もうすぐ夏休みだしね。

ちょっとした旅行気分を味わえるかもしれない。という予想は、すぐに裏切られることになる。

これはきっと徳を積めということなんだろう。

きっとそうだ。

そうに違いない。

すぐに現実を思い知らされることになった。

先生はこう見えて、売れっ子占い師だ。

確か、半年先まで予約でいっぱいだったような気がする。

さすがに、それを全部キャンセルするわけにはいかないので、その合間を見計らって、先生は独自に調査を開始した。

作られた年代、材料、私を介しての会話など、様々な視点からのアプローチで調べつくすと、いよいよ行動に移した。

初めは、骨董市や美術館、博物館を回る日々。

私も最初は旅行気分で楽しみにしていたんだ。

私的には大人数の移動でも、普通の人から見れば、二人だけに見える。

先生は、見た目がいい。

当然、やっかみが飛んでくることになる。

関係を聞かれ、比べられて、みじめな思いをする羽目になった。

先生は、基本、人に優しい。

しかし、明確な目的があり、それを成就しようと行動している今、優しさに裂く余裕はないようだ。

休憩は、乗り物に乗っている移動の時間のみ。

それ以外は、時間を一秒だってむだにしたくないという思いが、びしばし伝わってくる。

ご飯をおごってもらったが、それだけ。

ソフトクリームやご当地グルメなどの軽食は、実費。

だけど、私は、お構いなしに食べた。


「よくそんなに食べられるな。体重の増加とか気にならないのか?」

「あー、あんまり」


我慢をするなんて考えは一つもなかった。

だって、食べたいもん。

甘いもの。

しょっぱいもの。

おいしいものは、全部、食べたい。


「先生、次、あれ食べましょう」

「いや、そろそろ移動しよう。時間が惜しい」

「五分だけ時間ください。あそこの串焼き買ってきますから」

「先に行ってるぞ」

「分かりました。すぐに追いつきます」


とまぁ、こんな感じで、色々な場所を探してみたのだが、結果は惨敗。

手掛かりすら見つからずに、時間だけが過ぎた。


そして、その時は、急に訪れた。

親と一緒に行った、郊外のショッピングモール。

その一角の雑貨屋に、それはあった。


薄ピンク色の魚を背負い、つやつやでぷっくりしたほっぺ。

薄い青の上品な着物。

それに、茶色の竿を持った、典型的な恵比寿様。

上品な白い陶磁器にきれいに絵付けされたそれは、置き物ではなく、飾り皿だった。


「これって!」

「見つかる時は、そんなものだ」


隣で、死神が興味深そうに皿を見つめていた。


「あんなに苦労したのに?」

「世の中、そんなものだろう」

「そうなんだ」


値段を見て、びっくりした。

いち、じゅう、ひゃく、せん…。

六桁の数字が並んでいる。

古いものではなかったが、有名な作家さんの作品らしい。

私では、到底、手が出せない。

すぐ先生に電話をすると、予約が入っているので、終わったら行く。とのことだった。

とりあえず、店の名前と商品の写真を送る。

私の役目は、ここで終わり。

後は、先生の仕事だ。

そして、予約を早めに切り上げた先生は、その日の内にその飾り皿を手に入れることができ、至極ご満悦な様子だったということを、後日、布袋様から聞かされた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ