7.
事務所に着くと、先生は仕事中だった。
占いの仕事。
プライバシー保護のため、仕事場は同じフロアの別の場所を借りている。
私がそちらに行くことはほとんどない。
事務所の中では、例の置き物が大量の供物に埋もれていた。
水やお神酒、ご飯などは、新しいものに代えたらしい。
殊勝なことだ。
「こんにちはー」
とりあえず、声をかけてみた。
返事はない。
死神にお伺いを立ててみたが、何も教えてはくれなかった。
とりあえず、お供え物を少し片付けた。
お菓子や煎餅、甘いものとしょっぱいものがよりどりみどりだ。
なんとなく、缶ビールと乾き物はそのままにしておいた。
神様ってお酒が好きだから。
しかし、昨日のふうせんおじさんは、出てきてはくれなかった。
仕方がないので、机の端を借りて、本当にテスト勉強をするはめになった。
だらだらと作業をこなすようにノートを埋めていく。
問題を解いて、答えを合わせて、間違えた箇所を復習。
ルーチンワークのようにこなしていくと、あっという間にお昼を過ぎていた。
おなかすいた。
先生は、まだ戻らない。
さっきまで貢物であったお菓子をつまんだ。
ついでに、あたたかいお茶も飲みたかったので、大きめのマグカップになみなみと注いだ。
温かい湯気がゆったりとあがっていく。
ふと、置き物を見ると、昨日のふうせんおじさんが腰を下ろしていた。
「えぇ湯気やな」
ふうせんおじさんは、淹れたばかりのお茶をみて、しみじみとつぶやいた。
たしかに、ほこほことした湯気は、見ているだけで落ち着いてくる。
「飲まれますか?」
「あぁ。飲むより、浸かりたいなぁ」
「つかる…。わかりました」
来客用の湯のみに、新しいお茶を注ぐ。
目の前に置くと、よっこいしょ。という感じで、とぽんと湯のみの中に入っていった。
あれ、おかしいな。
こういうの、見たことある。
「あー、えぇ気持ちや」
おじさんは、心底気持ちよさそうに、湯のみの湯船に浸かっている。
しばらく様子を見ていると、おじさんはぽつりと口を開く。
「おなかいっぱいやし、えぇ気持ちやし。ありがとうな、ねぇちゃん」
「いえ、たいしたことじゃないです」
「いや、謙遜はいかん。あんたはえらい。がんばっとるよ」
うんうん、と一人でうなずいている。
そうか、私はがんばってるのか。
「ついでになぁ、頼みがあんねん」
「頼みですか」
「せや。わいの知り合いを探してほしいんや」
「知り合いですか」
「ねぇちゃん、七福神って知っとるか?」
話はこうだった。
いわく、自分は布袋で、今は世を忍ぶ仮の住まいとして、大黒天をしている。
これは、世間を欺くためため、仕方がないことらしい。
そして、いつのまにかいなくなってしまった、他の六柱を探してほしいという内容だった。
この置き物を見つけて購入したのは先生だから、縁があるのは先生ということになる。
それを伝えると、私の後ろを指差して、こう言った。
「こんなに怖いもん従えてるんやから、わいとしては、ねぇちゃんに手伝ってほしいんや」
怖いもの、と言われて振り返ると、死神は思い切り嫌な顔をしていた。
守護霊は、相変わらずのうすーい笑顔で生温かく見守っている。
それに、とおじさんは続ける。
「あの先生、わいのこと見えんのやろ?見えてるのはあんたや」
確信をついた言葉だった。
「分かりました。でも、先生の了承なしでは私も協力できません」
「あたまの固いねぇちゃんやなぁ」
私は、先生が戻るのを待ってから、今までのことをすべて話した。
「七難即滅、七福即生。七福神からの加護を受け、福を授かるであろう。みたいなこと言ってますけど、どうしますか?」
「やるに決まってるだろうが!」
先生は、めちゃくちゃノリ気だった。
冷めた私とは対照的で、こんなにやる気になっている先生を、私は見たことがない。
これも守護霊の仕業だろうか?
近くでは、お互いの守護霊同士で、何やらひそひそと交流が始まっている。
まぁ、深くかんがえないでおこう。
あまり意識してしまうと、ひどいことになるのは目に見えているから。
残りの六柱を探せと言われても、そもそも、先生の目がないと探せない。
先生の、本物を見分ける力が重要だ。
だから、結局、二人で一緒に探すことになった。
先生が自分の勘だけを頼りに探すより、私の見る力もプラスした方がいいだろうという、判断のためだ。
「先生一人で探したほうが早いんじゃないんでしょうか?」
「お前の力が必要だ。費用は、全部俺が持つ。ついでに手当も付けてやる」
「わかりました!」
もうすぐ夏休みだしね。
ちょっとした旅行気分を味わえるかもしれない。という予想は、すぐに裏切られることになる。
これはきっと徳を積めということなんだろう。
きっとそうだ。
そうに違いない。
すぐに現実を思い知らされることになった。
先生はこう見えて、売れっ子占い師だ。
確か、半年先まで予約でいっぱいだったような気がする。
さすがに、それを全部キャンセルするわけにはいかないので、その合間を見計らって、先生は独自に調査を開始した。
作られた年代、材料、私を介しての会話など、様々な視点からのアプローチで調べつくすと、いよいよ行動に移した。
初めは、骨董市や美術館、博物館を回る日々。
私も最初は旅行気分で楽しみにしていたんだ。
私的には大人数の移動でも、普通の人から見れば、二人だけに見える。
先生は、見た目がいい。
当然、やっかみが飛んでくることになる。
関係を聞かれ、比べられて、みじめな思いをする羽目になった。
先生は、基本、人に優しい。
しかし、明確な目的があり、それを成就しようと行動している今、優しさに裂く余裕はないようだ。
休憩は、乗り物に乗っている移動の時間のみ。
それ以外は、時間を一秒だってむだにしたくないという思いが、びしばし伝わってくる。
ご飯をおごってもらったが、それだけ。
ソフトクリームやご当地グルメなどの軽食は、実費。
だけど、私は、お構いなしに食べた。
「よくそんなに食べられるな。体重の増加とか気にならないのか?」
「あー、あんまり」
我慢をするなんて考えは一つもなかった。
だって、食べたいもん。
甘いもの。
しょっぱいもの。
おいしいものは、全部、食べたい。
「先生、次、あれ食べましょう」
「いや、そろそろ移動しよう。時間が惜しい」
「五分だけ時間ください。あそこの串焼き買ってきますから」
「先に行ってるぞ」
「分かりました。すぐに追いつきます」
とまぁ、こんな感じで、色々な場所を探してみたのだが、結果は惨敗。
手掛かりすら見つからずに、時間だけが過ぎた。
そして、その時は、急に訪れた。
親と一緒に行った、郊外のショッピングモール。
その一角の雑貨屋に、それはあった。
薄ピンク色の魚を背負い、つやつやでぷっくりしたほっぺ。
薄い青の上品な着物。
それに、茶色の竿を持った、典型的な恵比寿様。
上品な白い陶磁器にきれいに絵付けされたそれは、置き物ではなく、飾り皿だった。
「これって!」
「見つかる時は、そんなものだ」
隣で、死神が興味深そうに皿を見つめていた。
「あんなに苦労したのに?」
「世の中、そんなものだろう」
「そうなんだ」
値段を見て、びっくりした。
いち、じゅう、ひゃく、せん…。
六桁の数字が並んでいる。
古いものではなかったが、有名な作家さんの作品らしい。
私では、到底、手が出せない。
すぐ先生に電話をすると、予約が入っているので、終わったら行く。とのことだった。
とりあえず、店の名前と商品の写真を送る。
私の役目は、ここで終わり。
後は、先生の仕事だ。
そして、予約を早めに切り上げた先生は、その日の内にその飾り皿を手に入れることができ、至極ご満悦な様子だったということを、後日、布袋様から聞かされた。