4.
次の日、行きも帰りも違う車両に乗ったために、彼女に会うことはなかった。
週に約3回、私はアルバイトをしている。
自称「占い師」という、怪しい人のところでアシスタントをしているのだ。
自称というだけあって、この人の占いは、まったく当らない。
占いというより、人間観察が得意で、人生アドバイスがとても上手だ。
だから、水晶玉も、タロットカードもポーズみたいなもので、統計学から生まれた手相や人相学なんかが得意だったりする。
たまに、心霊関係の相談を受けたりするのだが、当然、この人には見えない。
手に負えない問題は、私の出番になるわけだ。
私がここで働いている理由はたった一つ。
守護霊が見つけてきたアルバイトで、断れなかったからだ。
私の祓ったりする力はあまり強くないが、そこは、死神が手を貸してくれる。
困っている人を助けるのも、魂の修行になるとかなんとか。
お給料もたくさんもらえるから、という甘い誘惑につかまったわけだ。
で、件の占いの先生。
「橘 アラン」
どこぞのホストのような名前に釣り合うだけの、容姿抜群の30代男性。
この女性ウケする外見と巧みな話術をいかして、法外な占料だというのに、半年先まで予約でいっぱいの人気占い師だ。
ちなみに、この人の守護霊は、農民の格好をしたおじいちゃん。
このおじいちゃん、子孫のこんな姿を悲しんでいる。心の底から。
うらやましいなんて、爪の先ほども思っていない。
心底、悲しい顔をしているので、正直、私は同情している。
雑居ビルを間借りした一室が、アルバイト先。
私の他に、アシスタントはいない。
橘先生は用心深い人らしく、経理や事務の仕事のほか、開運グッズの販売も自分ひとりで行っている。
先生が目の前で紡いでくれるパワーストーンのブレスレットは、女性に大人気だ。
女性ウケする可愛いデザインを心得ているので、そっちの売り上げも素晴らしいことになっている。
この男、かなり儲けているに違いない。
「おはようございます」
「おはよう。神崎さん案件は、デスクの上に乗ってるから目を通してみて」
「はーい」
今日の分の予約のお客様は終了したらしく、先生はパソコンに向かって作業していた。
デスク、なんて立派なものとは程遠い机の上に乗った書類に目を通す。
○案件A
頻繁に金縛りにあう。何とかしてほしい。
対処
部屋の掃除を徹底的にすることを勧める。
三食食べるようにと、野菜中心の食事を指導。
適度な運動の必要性を理解させる。スポーツクラブの勧誘。
盛り塩のアドバイス。
ブレスレットの販売。
改善されない場合、引っ越しを勧める。
○案件B
ストーカー被害。(警察に相談済)
対処
再度、警察への相談。被害の物的証拠の提出を進める。
避難場所があるのならば、そちらに一時退避も検討。
縁切り寺を教える。
ブレスレットの販売。
○案件C
幽霊が部屋に出る。金縛り、幻聴等のため、夜も眠れない。
オカルト好き。
心霊スポットに行ったことがある。
お祓いはまだ。何とかしてほしい。
対処
お祓いの勧め。
黒水晶の販売。
要相談案件。
死神が指を指す。
案件C。要相談案件だ。
案の定というか、なんというか。
心霊スポットへ行って、ついてきてしまったのか、オカルト好きらしいので、呼んでしまったのか。
どちらにしても、依頼者からの連絡待ちというところだろう。
仮に、Cさんと仮定する。
Cさんに販売した黒水晶は。魔除けや邪気祓いの効果があるとされている。
だから、きっと、Cさんは大丈夫だ。
橘さんが仕入れるものには、本物が多い。
そして、本当に困っている人にしか、本物は販売しない。
そういうところはちゃんとしている。
まるっきり適当に販売しているわけではないのだ。
その分、きっちり値段に反映しているけれど。
「君の神様は何か言っていたか?」
「Cさんが気になるみたいです」
橘先生も、私の体質のことを知っている。
先生は零感だが、やたらと感が鋭く、何気ない仕草から感情を読むのが得意だ。
だから私も、無駄な嘘をつく事をやめた。
そもそも、ここの仕事は守護霊が探してきた仕事だ。
きっと、守護霊なりの意図があったに違いない。
何も話してくれないから分からないけれど、何かあるのだろうとは思っている。
「それは連絡待ちだ。とりあえず保留でいい。他は?」
「ないみたいです」
「そうか。じゃあ、そこの整理を頼む」
「はい」
事務所の入り口には、段ボールが三つ積まれている。
注文していた開運グッズが届いたのだろう。
まずは在庫の確認。次に、中身を開け、品物の整理。
先生は、自分の仕事場を他人に触られるのがあまり好きではない。
だから、私の仕事はあまり多くない。
まぁ、そうそう心霊絡みの相談があるものでもないのだ。
死神は棚にしまってある在庫を見定めている。
彼の目利きにかなうものがあれば、先生に報告する。
そうやって、本物は必要としている人に渡す。
先生目当ての女性なんかには、法外ともとれる値段で商品を販売する。
納得して購入していくのだから、悪いことはしていない。とかなんとか。
ホストクラブよりは安いと、自信満々に言ってのけるほど、自分の容姿に自信があるらしい。
その、死神お墨付きの石を、私もいくつか分けてもらった。
当然、実費だ。
分割払いの給料天引き。
おかげで、毎月の給料は寸志程度にしかならない。
「神崎さん、終わったらちょっと来て」
「はい」
作業自体は、もうほとんど終わっていた。
空いた段ボールをつぶしてしまうと、先生の所へ向かう。
「何かありましたか?」
「見てもらいたいものがあるんだ」
そう言って、紙袋から手紙の束を取り出した。
「あの、これって」
「最初はよくあるラブレターだったんだ」
ラブレターなんて、よくあってたまるか。
などとは言わないでおく。
最初はたわいもない、普通のラブレターだったらしい。
返信がないからなのか、手紙につづられる愛の言葉はだんだんエスカレートしていった。
そして、いつの間にか、呪いの手紙にシフトチェンジしたそうだ。
封筒の中に、髪の毛が入っているのを見つけてからは、開封するのをやめたのだという。
それ以降も手紙は届き続け、とうとう面倒臭くなって、私に相談を持ちかけたというのだ。
手紙の束と一緒に、不動産屋の紙も混ざっている。
「事務所を引っ越そうと思うんだけど、いい物件を見繕ってくれないか」
「その前に、ストーカーを何とかした方がいいと思いますけど」
「それも頼む」
「私にもできることとできないことがあるんですけどね」
「君の神様になんとか頼んでもらえないか」
死神も守護霊も手紙の山はそっちのけで、先生が選んできた物件に興味深々だ。
「ストーカーは無理そうです。物件の方は、実際に見ないと何とも言えません」
「そうか。まぁ、仕方ないな」
そういうと、先生は立ち上がり、ジャケットをはおる。
「よし、行くか」
「今からですか?」
「今日はフリーだからな。なにより、日取りがいい」
カレンダーを見る。
大安吉日、天赦日、一粒万倍日。
本当に素晴らしい日取りだった。
「先生、ストーカーはどうするんですか?」
「それは何とかする。まずは、どこから行こうか」
死神も守護霊も、迷わず一枚の紙を指す。
心霊現象のように、その紙が少しだけ動いたのを、先生は見逃さなかった。
「君の神様は意外と乗り気だな」
「そのようですね」
そこは、今よりは家に近く、学校からは遠い場所だった。
その他に、三件程見て回ったところで解散になる。
「先生、ご飯は…」
「俺にたかるな」
「優しくない!」
散々連れまわされた揚句、ごはんもなし。
今日はお昼を食べたきりで、何も食べていない。
菓子パンの一つだって、食べてはいないんだ。
「あー、つかれた」
死神も疲れてる。
そんなつもりはなかったのに、なんだかんだと、彼は働かされたのだ。
かわいそうに。
守護霊は上機嫌だ。
また魂がきれいになったからだろう。
こっちはおなかすいて死にそうだ。
帰るのが遅くなったので、夕飯は一人で食べた。
父も母もすでに済ませており、居間でテレビを見ている。
娘は大変な目に遭ってきたというのに。
のんきなもんだなぁ。
おなかもいっぱいになって、お風呂入ってしまうと、急に眠気が襲ってきた。
「あー、宿題めんどい」
「マナ。言葉づかいが悪いですよ。それに、その気持ちは魂をくすませる原因になります」
「わかりました。がんばります」
「素直なところは、マナのいいところです。頑張ってください」
守護霊は、魂磨きが自分の使命だといわんばかりに、私の行動や言動に厳しい。
ここで反発しても意味はない。
魂が曇った分だけ、試練を与えてくるからだ。
それに、なにげに怒ると怖い。
うちの守護霊はいつも笑顔でいるので、表情のギャップがものすごいのだ。
それに、いい行いをすると、きちんと褒めてくれる。
褒められるのは、純粋にうれしい。
そんなこんなで、宿題もきっちりこなしてしまうと、もうへとへとだった。
先に寝ている死神を向こうへ押しのけて、自分も布団にもぐりこんだ。
いつものことだから、気にしない。
たぶん、向こうも気にしてない。
守護霊は足元に座ってる。
「おやすみ」
「おやすみ、マナ。いい夢を」
その日は、夢も見ないほどぐっすりだった。
朝、アラーム音で目が覚める。
死神は、相変わらずぐっすり寝ている。
のそのそ起きて、ご飯食べて、さぁ学校だ。
通学途中、電車に彼女がいない。
あれ?
探したけど、いなかった。
どこいったんだろ?もう成仏しちゃった?
二人にどう思うか聞いても、何も答えてくれない。
今日は普通に登校できた。
今日の試練は何だろう?
橘先生から、メールが入る。
「Cさんから連絡があったから、様子を見てきてほしい。場合によっては、除霊頼む」とのことだった。
分かりました。と返事をした。
「今日はどうする?」
「ごめん。バイトだ」
「そっかー。仕方ないよね」
Cさん宅はもより駅から徒歩5分の優良事故物件。
放課後、電車を乗り継いでたどりついたのは、普通のアパートだった。
3階の角部屋。
死神が嫌そう。
胸から下げた石を握り、呼吸を整える。
意を決して、インターホンを押した。
中から現れた女性の顔には生気がない。
真っ白の顔に、黒い髪が印象的な骨ばった女性だった。
私の顔を見るなり、腕を掴まれた。
「橘先生が言ってた女の子ね。お願い!助けて!」
女性の手は冷たく、細くて、ひやっとする。
「分かりました。落ち着いてください。力になりたいんです」
部屋から漂う嫌な感じがさらに増す。
ぐっと重苦しくて、正直、中に入りたくなかった。
黒いもやもやするものが、部屋の奥から、ずずずっと染み出してきた。
後ろから部屋をのぞいていた死神が、私を乗り越えて部屋に入る。
「待ってろ」
そう言うなり、黒いもやに殴りかかっていった。
がたん!と、大きな音がして、何かが倒れる音がした。
Cさんも私も、びくっとして、顔を見合わせる。
「ぽ、ポルターガイスト!」
「こういうことはよくあるんですか?」
「ラップ音は毎日あります。でも、こんなにはっきりなのは久しぶりで」
怯える彼女に、苦笑いを返すしかなかった。
部屋をのぞくと、黒いもやから白い腕が何本も伸びていて、それを一本ずつ殴り潰しているところだった。
次々に生えてくる腕は、潰しても、引っこ抜いてもきりがない。
「いますよね?!絶対何かいますよね?!」
Cさんに、この異様な光景は見えていないのだ。
ねぇ、ねぇ、としきりに訴えてくる。
「います」
そう答えると、満足したようだった。
しかし、今までよく住んでいたものだと思う。
見えないこと、感じないことは、案外、幸せなことなのかもしれない。
目を凝らすと、もやの中に目が見える。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
「うわぁ……」
気持ち悪さから、思わず声に出してしまうと、そのうちの一つがこっちを向いた。
やばい!!
こういうやばいものから目をつけられると、洒落にならないことになる。
死神が舌打ちをした。
無数の白い腕のうちの一本がこちらに迫ってくる。
「危ない!」
そう叫んで、Cさんの前に立つ。
間一髪、死神が途中で腕を折ってくれたために、ちょっと引っかかれただけで済んだ。
「下がってろ!」
「はい!ごめんなさい!」
Cさんと一緒に部屋の外に出ようとしたが、ドアノブが回らない。
どんなに力を入れても開ける事が出来ずに、Cさんはパニックになっている。
泣きながら、がちゃがちゃとドアノブを回すCさん。
うしろでは、除霊なんて優しいものじゃない光景が繰り広げられている。
私にできることは、とりあえず、Cさんに物理的な影響がないように壁になるだけだ。
Cさんはついに諦めたのか、ひたすら何かに謝っている。
どうしょう。
お化けよりも、Cさんのほうが怖くなってきた。
「くそっ!めんどくせぇ!」
死神はついにキレたようだった。
どこからか、刃物を取り出す。
これを使うと、ものすごく疲れるから、なるべくやりたくないらしい。
形は、その時々、状況によって変化する。
今は、包丁みたいなナイフのような形状をしている。
殺すため、って感じの形だ。
これでバラバラにされると、輪廻の環から外れてしまい、成仏できずに無になってしまうらしい。
いかにも中二病みたいな話だか、これが大真面目な話らしくて、笑えない。
だから、本当に最後の手段らしい。
話せる相手なら話して理解させる。
それでだめなら、とりあえず殴って相手の気を晴らすこともできる。
正気に戻れば、どうしてこんなことをしてしまったんだと、誰だって思うらしい。
だけど、今日の、この相手は無理らしい。
人の姿をしていないものは、何をやっても無理なんだって。
これは、たくさんの悪意の集合体。
恨みの温床。
悪霊のかたまり。
だから、まっすぐ殺す。
素直に殺す。
作業をこなす。
仕方がないと割り切る。
切り落とす。
ばらばらにする。
それでもきりがない。
棚は倒れ、物が床に散らばって…。
その中に、それを見つけた。
いつかの黒い水晶だ。
強力な魔除け、強い浄化の力の塊。
これを利用しない手はない。
死神は、それを掴んで、もやの中に突っ込んだ。
とたんに、しゅうしゅうと音を立てながら白い煙が上がる。
強烈な悲鳴を上げ、逃げようともがき苦しむ相手の腕をたたき切る。目をつぶす。
ばき、ぼき、ぐちゃり、ぐずり。
どこに口があるのか分からないのに、耳触りな悲鳴は止まらない。
そんなことに構うことなく、死神は作業を続ける。
そして、それは唐突に治まった。
まるで砂が落ちるように、腕が崩れ落ちていく。
黒いもやが散っていき、後には、黒い水晶が残る。
ぴしり、とひびが入り、音もなく、ばらばらに砕けてしまった。
私は、Cさんを守るように抱きしめてうずくまっていた。
声が止み、音が消え、耳に残った悲鳴だけが頭の中にこだまする。
見えないCさんは、ポルターガイストにひたすら怯えていたので、落ち着かせようと背中をやさしくたたいた。
「疲れた…」
死神は、その場に座り込んだ。
棚が倒れて、物が散乱する室内。
私にしがみつくCさんをなだめ、玄関に残して、部屋に入る。
座り込んでいる死神の肩に手を置いた。
「ありがとう。お疲れ様」
窓を開けて外の空気を部屋に入れる。
すーっとした空気が流れ込んで、部屋の空気がきれいになっていくようだ。
南向きの窓から差し込んでくる光は、優しく室内を照らす。
たぶん、もう大丈夫。
一息吐きだすと、急に背筋が寒くなる。
Cさんが短い悲鳴を上げた。
振り返ると、クローゼットの扉の隙間から、誰かがこっちを覗いている。
Cさんは叫ぶ。
恐怖から、声にならない声で、精一杯叫ぶ。
その瞬間、Cさんは床に崩れ落ち、怖い怖いと言い、私に迫ってきた。
あっという間に足を掴まれて、引きずり倒される。
「え……、ちょっと待って!反則!やめて!ちょっと!!」
全然聞こえていないのか、離れてくれない。
それどころか、青白い体が私の体を這い上がってくる。
散々抵抗したが、重く、冷たいそれらを払いのけることなんて、到底無理な話だった。
そのまま、氷のように冷たい手で首を絞められる。
のそりと、相手の顔が目の前に迫ってくる。
長い髪が顔に落ちる。
その頭は目の前にあるはずなのに、顔が見えない。
顔がある場所には、大きな穴が空いていているだけ。
なにもない。
苦しい。
死ぬ、このまま死ぬかも。
そう思ったとき、ぼきり、という音とともに首が落ち、ごろりと床を転がっていった。
死神が助けてくれたのだ。
私の上にあった体を蹴っ飛ばして、首にひっついた白い手をはがしてくれる。
思い咳こむ背中を、死神がさすってくれる。
「Cさ、んは」
「よく見ろ」
床に転がって行ったはずの首はなく、そこには仰向けに倒れたCさんの姿があっただけだった。
Cさんは失神しただけみたいで済んだようだった。
よかった。
「お前なぁ。軽率すぎる」
「ごめん。ありがと」
心臓が早鐘を打つ。
痛いほど耳に響く。
震える手を、死神が握ってくれた。
「深呼吸しろ。大丈夫だ」
怖い目には何度も遭っているが、なれない。
クローゼットに目を向けると、扉は全開になっている。
中は、普通に荷物が入っているだけの空間だった。
その後、Cさんが目を覚ますまでの間、部屋を片付けて、砕けた水晶を回収した。
これは、このまま神社に納めてこようと思う。