2.
走る。走る。走る。
駅から学校までは徒歩十分。
どう考えても、余裕で間に合うはずなのに、なぜか遅刻しそうになってる。
「頑張ってください」
隣で応援してくれている金髪の青年将校は、私の守護霊。
守護霊なのに、足があり、一緒に走っている。
私の守護霊は、いつも私の近くを歩いている。
今さらなので、つっこんだりしない。
息が切れる。
のどが痛い。
「もう少しです。頑張って!」
「もう、すこし。もう、すこし」
呪文のように繰り返しながら、全力で走り、予鈴が鳴ると同時に校門に滑り込んだ。
「間に合わなければよかったのに」
ぶすっとした顔で、背中のリュックに腰かけている黒髪黒服全身真っ黒なのが、神様の死神。
これの指定席は、私の背中だ。
いつも、リュックの上か、髪の結び目の上に器用に腰かけている。
「これでまた少しきれいになりました。素敵ですよ、マナ」
「あ、ありがと。でも、まだ教室入ってないから。油断できない!」
それから、教室に向かう先生を横目に階段を駆け上がり、扉をくぐる。
「セーフ!」
教室に入ると、親友の結衣が声をかけてくれる。
「今日も間に合ったね」
「お、はよう。今日も間に合った。大丈夫だった」
肩で息をしながら、結衣に返事を返す。
のどが痛い。
背中のリュックから自前の水筒を取り出し、一気にあおる。
胃までまっすぐに届いて、おなかの中から冷えていく感触がする。
疲れた。
私の守護霊様は、私に試練を与えるのが好きだ。
なんでも、魂を磨くためには、困難を乗り越えなくてはならない。とかなんとか。
そんなわけで、乗り越えられそうな困難を出してくる。
それも、毎日。
今日の試練は、「遅刻」だった。
朝から勘弁してほしい。
死神は、私のリュックから教室の後ろにあるロッカーの上に移動して、つまらなそうに横になり頬杖をついて昼寝し始める。
まだ朝なのに!
まだ一時間目も始まってないのに!
守護霊様は、アルカイックスマイルのまま、近くにたたずんでおられる。
すぐに鐘が鳴り、先生が教室に入ってきた。
さぁ、今日も試練の一日が始まります。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ、今日はバイトないんでしょ?」
「ないよ。一緒に帰る?」
「帰る!この間のパンケーキ屋さん、もう一回行こうよ」
「いいよー」
結衣は、私の親友だ。
私が見えることも知っている。
怖がらずに友達になってくれた、優しい女の子。
結衣の守護霊は、おばあちゃん。
いつも優しく見守る感じのほんわかしたおばあちゃんだ。
対して、私の守護霊は、金色の髪、青い瞳、昔の将校みたいな服を着ている異国の人。
礼儀正しく、どこかの映画俳優のような見た目をしている。
ごはんより、パンが好き。
昔、ひいじいちゃんに助けてもらったことがあるらしく、律義にその恩を返すため、ひ孫の私の守護霊になったらしい。
で、背中のリュックに座ってけだるそうにしているのが、死神。
自分で、死神って名乗ってたから死神なんだと思う。
髪が長くて、ゆるいウェーブがかかっている、くせ毛の死神。
その長い髪を一つにまとめてゆらゆらさせて、つまらなそうにいつも背中に乗っている。
少し重い。
肩がこるから、正直、悪霊なんじゃないかって思ってるけど、そんなものと一緒にするなと怒られるので、死神ということにしている。
普段はこんなだが、死神のくせに、優しいところもある。
悪いものが寄ってきたら、文句をいいつつ、追い払ってくれるんだ。
守護霊は、基本、見守るだけ。
本当に危なくなったら、助けてくれるけど、それも、寿命が尽きるまでらしい。
寿命が尽きたら、あとは自分の運だけで生き残ってください。と言われた。
なにそれ?
守護霊だからって、最後まで守ってくれるなんてことはしないんだって。
だから、今のところは寿命の範囲内なんだと思う。
なんせ、死神とワンセットいるのに、死なないんだもの。
私の寿命はいつまでですか?と聞いたら、秘密です。と返された。
言えないんだって。
そりゃそうだよね。
「真奈花。どれにするか決まった?」
「んー。結衣は?」
ここは、最近できたばかりの、はやりのパンケーキ屋さん。
近くに高校や駅があるし、目新しさもあって、なかなかの人気店だ。
スタンダードなプレーン、フルーツたっぷりのもの、定番のバナナとチョコレートなど。
どれも、とてもおいしそうで迷う。
財布の中を見る。
どれを選んでも間違いはないんだけど、そのどれもが、お財布に優しくない。
死神はフルーツたっぷりパンケーキがお勧めみたい。
でも、お財布事情も考慮して、プレーンを選択。
背中から、私の隣の席に移動した死神は、ちょっと不機嫌な顔になる。
きっと、自分の意見を無視されたからだ。
いや、私のだからね。
「神様は、今日の供物はどれがいいって?」
「フルーツのやつだって」
「あー、選びそう」
結衣は、私の事情を知っている。
私には、自称神様の幽霊が憑いてる、って。
死神なんて言ったら絶対に怖がるに決まっているので、オブラートに包んで、「自称 神様」ってことにしてる。
それに、死神だって神様なんだろうから、間違っちゃいない。はず。
注文してしばらくすると、頼んだものが運ばれてくる。
私は、プレーンのパンケーキ。
結衣は、塩キャラメルとローストナッツのパンケーキ。
テーブルに運ばれてきたパンケーキを一口分切り分けて、フォークの先を軽く宙へ向けると、死神が顔を寄せてくる。
ぱくん、と口に入れると、結衣は面白そうに笑う。
「ほんと、不思議だよねー」
「そうかな?」
目の前で死神がもぐもぐと食べているようにしか見えない光景は、結衣の目には、目の前で消えるようにみえているらしい。
一緒に運ばれてきたドリンクも、少し減っている。
それが不思議でおもしろいと、怖がる様子もなく付き合ってくれる。
本当にいい子だ。
私は、気にせずに残りを自分で食べた。
とまぁ、こんな感じで、物理的に干渉してくる死神様は、案外楽しく過ごしているようだ。