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革命は誰が為に

作者: 帰り

「こんばんは、お隣よろしいかしら?」


 女が声をかけたのは、酒場のカウンターに一人座る、一見すると物思いに耽る男。

 ごつごつとした手で酒の入った杯を片手に耳を澄ませていた強面の男は、やむなく意識を女に向けた。


「悪いが花売りなら他を当たってく…れ…。」

 男が驚いたのは別に女が格別美しかったからでは無く、大切な人の面影を女に見たからだ。


 男にとっては昨日の様で懐かしい少女の影は、こんな色気の漂う女では無い筈なのに、どこか……。

 男は、はたと我に帰る。


 ……いや、王女がこんな大衆の酒場に居るわけがない。


 十になったばかりの王女が人質として帝国に行って七年。

 帝国の革命によりついに明後日、王女は久しく自国の地を踏めるのだ、そんな方が国境のこんな所にいる訳がないだろう。


 そう思い、酔ってもいない頭をふった。


 そんな男をよそに女はするりと隣に座ると、慣れた様子で飲み物を注文する。

「…とりあえず、花売りではないと否定しておくわ。」

 落ち込む女に男は気まずげに答える。

「そうか、すまないな、早とちりだった。」

 女は受け取った琥珀の液体に視線を落としため息をついた。

「革命前ならいざ知らず、今この街で一夜の情けを売る女も随分減ったわ。ここも明るくなったし、きっと帝国が変わり始めている証拠ね。」

「…そうかもな。」

「でも、まだまだね。帝国最初の良心は正直過ぎる。」


 帝国最初の良心。巷でそう呼ばれているのは、現帝国の統治者の元第三皇子である。

 好戦的で独裁的なこれ迄の皇族と違い、和平と平等をうたう皇子に帝国の民も周辺国も幾つかの意味を込めてそう呼ぶのだった。


「知ったような口振りだな。あんた何者だ…?」

 男は警戒心をむき出しに女を見た。

 女は肩をすくめ、おどけてから悪戯気に微笑んだ。

「酷いわアンタなんて。…そうね、あなたの事を教えてくれたら教えてあげる。」


 男は今質素な服を纏ってはいるが、彼は国王の護衛の為この町にやって来た王国騎士団団長であった。


 帝国の旧体制で甘い汁を吸っていた輩も確かに居て、だから王女の引き渡しで両国の要人が集まるこの町で不穏な動きがないか、男は街に紛れ人々の話しを拾い集めていた。


「…俺は、仕事でたまたまこの町に来ただけだ。語るほどの者じゃない。」

「そう…じゃあ私もたまたま貴方に出会っただけの女よ。」

 女が一方的に乾杯すると、杯からはささやかな音が鳴った。


 変な女に絡まれてしまった、と男は思うも、何故か王女と重なる女を無下に追いやるのは躊躇われた。


 男はあの日から1日とて忘れた事は無い。

 帝国の兵に挟まれてもなお凛とした王女の後ろ姿と、無力な己の悔しさを。


 ―――「私、大人になったら団長と結婚する!」

 歳の離れた男を随分と慕う王女は、腕っぷし一つで成り上がり、毎日気を張り詰めた騎士団団長を怖れない唯一だった。

 男はこの王女の為に、この国の為に力を尽くしたいと思えた。

 それなのに。

「行ってきます。」と男の頬に1つ口付けて去って行く姿を見送るしか出来なかった―――。



 七年前、冷たい雨が降る春の日。

『攻め込まれたくなければ病に伏せる我が娘を助けよ。』

 帝国からの使者が運んだ書状には要約すればそう書かれていた。


 強大な軍事力を有する帝国に、医療に秀でただけの小さな王国は逆らえる余地はなく、難病を患う帝国の姫君の身を保証する為だと自国の王女との交換も断腸の思いで受け入れるしかなかった。


 当時の帝国の王が真に娘の身を案じた結果、強行手段に出たのか、あるいは戦のきっかけが欲しかっただけか。

 どちらにせよ、王国は国を守るためにも帝国の姫君の治療をするしかない。

 奇しくもかつて王妃が同じ病に倒れ命を落としており、その為研究もされていたので、病の進行を止めることは可能になっていたのが救いだった。


 少しずつではあるが姫君の顔色が明るくなってきた時、帝国で革命が起こった。

 国民を駒に戦を楽しむ帝国上層部に不満を持つ有志が遂に立ち上がり革命が起きたのだ。


 空席に収まったのは帝国第三皇子。

 彼が革命軍を率いたとされているが、最小限の血が流れただけの謀反を彼は"女神の導き"だったと公言しており、言動の端々に第三者の助力があったと匂わせている。


 早々に新たな帝国の王より王国へ文が届く。

 理不尽な要求の謝罪と、正当な対価の支払いと共に、姫君の治療の継続願い、そして、人質として捕らわれていた王女の返還。


 異例の早さで日程は決まり、その日を迎えようとしていたのだった。



 黙り混む男の横で、それまで淑やかに飲んでいた強めの酒を女は突然一気に杯を傾け飲み干し、空になったそれを荒く置くと、驚く男を若干据わった目で見つめた。


「あなた、好きな人はいるの?」

「…唐突だな。」

「結婚はしていないでしょ?恋人も…いないわよね?」

 事実、男には妻も恋人もいないが、女の決めつけた言いぶりに男はついむきになる。

「俺は、ある人の幸せを見届けるまでと決めているだけだ。」

「ある人って…?!」

 食い気味に乗り出した女と、仰け反って距離を置いて俺が狼狽えた。

「だ、誰でもいいだろう、あんたには関係の無い話だ。」

「あるの!教えてくれたら帰るから!ね?お願い…!」


 ねだる姿すら王女と被って。男は深いため息をついてから残りの酒を飲み干した。。

「…俺達とは程遠いお方さ、幸せに暮らして然るべき相手に愛される筈だったんだ、俺なんかじゃ無くてな。でも、それすら奪われちまった…。仕方ないだとか立場が何だ…、子供に苦を負わせる事が正しいのか?護ることも戦うことも出来なくて何がきし…!」

 しまった。熱くなって喋り過ぎたと男が我に帰るも。

「…そっか。ふふ。」

 女は嬉しそうに顔を緩めていた。


「ふふ、もしその子が"ただいま"って貴方の胸に飛び込んだら、"おかえり"って言ってあげて。」

「え?」

「いけない!私はそろそろ戻らなくちゃ、じゃあ、またね。」

 カウンターに代金を置き、去り際に男の頬に口付けを落としてから、男の呼び止めるも応じず女は店を出る。

 男が慌てて飛び出しても既に姿はなく、闇夜が広がるだけであった。



 2日後。天気は晴天。


 両国の要人が円卓を囲み、その周りを両国の護衛が並ぶ部屋。正装した王国騎士団団長は国王の斜め後ろで眼光鋭く立っていた。

 ただ、その立ち姿からは想像もつかないほど男は焦っていた。


 帝国の警備兵に導かれて部屋に現れた王女が、似ているなんてものではない、先日酒場で会った女だったのだ。

 無論服装は先日とは程遠く、髪もきっちりと結われている。それでもどう見ても同じ顔で、しかも、父である国王を通り越してして熱い視線を男に向けている。


 よもや王女本人だったとは。何故、という疑問より、気付けなかったばかりか、アンタ呼ばわりした無礼をなんと詫びようか考えつつ、男はじっとりと手に冷や汗をかいて視線に耐えていた。


 両国の話し合いはつつがなく進み、終盤を迎える。


「ところで、実は折り入ってお願いがあるのです。」

 そう切り出したのは、若き皇帝だ。

 親子ほど歳の離れた国王は続きを促す。

「私めに王女様をいただきたいのです。勿論、正妃として御迎えし、生涯その立場が揺るがないことをお約束致します。」


  返事は国王では無く、控えていた王女から間髪いれず発せられた。


「お断りします!!」


 王女の迷い無い一言に、彼女との空白期間のある王国側は驚きを隠せず、皇帝に近い帝国側の何人かは苦笑いを浮かべる。


「かねてから申し上げていた通り、私には心に決めた方がおりますので、皇帝陛下のご希望には添えません。」

「存じています、しかし私には、いえ、我々にはまだ女神の導きが必要なのです!」


 幾人かは、ん?と引っ掛かりを覚えた。


「いやですわ、皇帝陛下。誰かとお間違えでは?」

「隠さねばならぬと理解しています、でも!帝国が生まれ変われたのは紛れもない貴女様のお陰、私の背を押し、革命軍を纏めあげたのは貴女なのに…!」


 皇帝の暴露に、王女はほぼ聞こえないため息をついて、優しく語りかける。ただ、目は笑っていない。

「皇帝陛下。正直とは美徳であり時に愚かしいものだとも申し上げていた筈です。限られた人数とは言え、この場に間者が混じっていたらどうするのです?…例えば、その窓際の帝国兵のように。」


「――ちっ!」

 窓際に立っていた兵は顔を歪め隠し持った短剣に手をかける。

 刹那、勢いよく飛んできた銀の物体が兵の頭部に当たり、声も無く壁にぶつかり倒れた。


 王国騎士団団長が帯剣禁止のこの部屋で懐の懐中時計を投げつけたのだが、何が起こったのか理解した数人の内の一人、王女がもらした。

「お見事。」


 気を失った兵は速やかに捕縛の後連行されから、最初に発言したのは王女だった。

「皇帝陛下、何故あなたがその席に座ったのかをお忘れですか、陛下が描く帝国への改革は始まったばかりなのですよ?自身の立場をよく考えなさい。」


「っ…申し訳ありませんでした。」

「私はちゃんと言いましたよね?私は私の約束を果たすためだと。」

「…ええ、成人までには国に帰りたい、と…。」

「では、私を国へ帰して下さいませ。」

「……長きに渡る我が国の不当な拘束を謝罪し、在るべき場所へ御返しします。貴女への恩は我が行動にて証明できるよう精進致します。」

 良くできました、と聞こえそうに王女は頷いた。


「帝国の明るい未来が聞けることを祖国で期待しております。」

 王女の最上の礼をもって、彼女の心は無事故郷へと戻ることが出来たのだった。


 年下の王女に諭される様は帝国の一部では見慣れたものだが、王国側は最善の表情に迷う。良くも悪くも慣れている皇帝は、名残惜しげに一つ王女に問いかけた。

「最後に教えていただきたいのです、貴女様の想い人とはどの様な方なのですか?」

少し照れた様子で王女は自国の騎士団団長をちらと見る。

「…その人は、強く優しく真面目で、最期まで私が帝国へ行くことを反対してくれたの。」

「…まさか。」


 王女は騎士団長の隣へ進むと男の腕に手を添えた。

「ええ、私、大人になったらこの方、王国騎士団団長と結婚すると決めておりましたの。」


「?!」

 まさかあの頃の宣言がここで帰ってくるとは思いもよらず、指命され注目を集める男が一番驚いて固まった。


 けして小さすぎない王女が男を見上げ伺う。

「驚かせて御免なさい、でも既に父にも了解は得ているの。私のような女がいては世継ぎの問題が起こりかねませんし、結婚して市井に降りるつもりでいます、ただ、貴方が権力を欲すれば別ですけれど…。」


 男は視線をさ迷わせながら、からからの喉になけなしの唾を呑み込んだ。

「わ、わたしには畏れ多い事です。王女殿下には然るべきお相手がおいでかと…。」

 大きすぎる権力なぞ毛頭いらないし、結婚も彼女が幼い頃の幻想にとらわれているに違いないと考えた。


「…私のこと、嫌い?」

「とんでもない!」

「私の幸せを見届けてくれるんだよね?」

「はい…。」

「私の幸せは貴方の隣にあるのだけど…。」

「…っ。」

 潤む瞳で見上げられ、男の耳がほんのり赤く染まる。

 美しく成長し、女として帰って来た王女に男は戸惑いを隠せない。


 この短時間に幾分老けた様子の国王が男に頷いて見せる。

 あきらめろ。と聞こえた気がした。


 国王の本音は別で、危険過ぎる娘を本当は監視できる手元に置いておきたいと思っている。

 王女は亡き王妃に似て、一度決めたら諦めることをしない、結婚がまさにそれだ。

 成人迄に帰れないと見るやいなや、皇子を唆し下剋上を起こしてしまったのだ。

 王女が帝国から度々寄越す密偵から事情を聞いては国王は頭を抱え、世継ぎの王子はのほほんと「すごいねぇ。」とにこにこしていた。


 密偵より事細かに騎士団長の近況も王女に報告されていたのだが、そんな事を知らない男は早くも覚悟を決めていた。


「本当にわたしでよろしいのですか?」

「貴方がいいの!」

「…ならば覚悟して下さい。わたしはもう二度と貴女と離れません。」

「はい!喜んで!!」


 王女は年相応に破顔して、男の大きな体に飛び付く、反射的に男は彼女を支え小さな呟きを拾った。


「ただいま。」


「―――おかえりなさい。」




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