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短編集

或る虚飾の一つ

作者: 木下美月

 暗いワンルーム。この四畳半に空間はほとんどない。散乱した衣類、廃棄を忘れられた不用品、油まみれのキッチンに、傷んだ食品、食器。

 この部屋の主は日が経つにつれて堕落していく。それが『神に使われし我』が訪れた理由である。

 我が訪れれば、そこが世界の汚点だと神は認識する。それが我に下された使命で、それ以上のことを我は知らない。だが我が存在する理由も子孫を残す理由も、神に貢献できる、それだけで十分である。

 どうやら部屋の主が帰宅した。我は潜み、この世界の汚点を監視する。とはいえ、我は奴にこれといった感情を抱いていない。強いて言えば奴がつくったこの部屋は我が過ごすに適している。汚点の中でも快適に過ごせるように神が施しをくださったのかもしれない。そう考えると活力が漲る。

 しまった。奴の前で油断したのがいけなかった。空気が変わったと思った刹那、我は無慈悲に圧殺される。折角の活力は霧散してしまった。


――――――――――


 本来見えるべき星を隠すほど高いビルと人口の光、所狭しと詰められた建造物、建物内に収まりきらない量の物。

 月明かりではあり得ない明るさを維持し続ける街。消費が追いついていないのに生産され続ける食品。

 私利私欲、自己の極楽の為に自然に逆らい、壊し、粗末にする。それが人類であり、我が最大の汚点だと目をつけたものだ。

 我はこの街の隙間を走り、子孫を残し、無駄にされる食料を啄ばみ、また走る。それは神に貢献する為、生きる為だが、今日は夢中になりすぎた。

 気がつけばアルコールと麦の香りが漂う建物内。ニンニクの香りも我の好物だ。だが建物の中は危険が多い。直ぐに立ち去らなくてはいけないが、

「きゃあぁあぁあ!」

 女性の叫びにつられた視線は一斉に我を捉える。そこからは、奴らにとって慣れたものだ。吹き付けられた調合物は、我の体を蝕み、苦しめ、直ぐに死に至らせる。

 だが奴らが消去したのは一つの個体でしか無い。これからも我の神への貢献は続き、この語りも別の同胞へ受け継がれる…。


――――――――――


 大きな室内、真新しい作業台、整えられた小道具。汚点など見当たらないが、我がいるということは、そういうことなのだろう。

 同胞から語りを受け継いだ我だが、いつからか衰弱を始めた我に責務を果たせるか。

 我は祖先の記憶を辿りながら今までを振り返ろう。

 この世界が始まった時に生存していた祖先は美しい世界だったと記憶している。だがいつからか、人類が生まれた時から濁りが生じ、人類が成長していくとともに汚点が生まれた。

 己が最大の汚点だと気付かぬ人類は、偏った美意識で、それにそぐわぬ物は排除し始めた。そんなエゴイスティックな人類にとって、我らは美意識にかすりもしなかったらしい。

 そう認定されてからは酷いものだった。

 存在するだけで忌み嫌われ、蔑称をつけられ、挙句我らを殺戮する毒まで発明された。

 しかしある日、人類によって衰退させられる同胞の一つが、我らは神に貢献する為に存在している事を伝えられる。

 明確な存在意義を見出した我は進化を繰り返し、子孫を残し、不条理な世の汚点に潜み今も生きている。

 今我を衰退させているのも人間が調合した毒だろう。いくら抗体を作っても人間は新たな毒で我を死に至らせる。だが神に貢献する気高き我は決して屈しない。

 ―身体が動かない。

 この我の語りが人類に届いているならば、どうかこの不毛な争いを終わらせてほしい。

 ―意識が掠れてきた。

 我らは汚点に潜む。我らを嫌悪するならば、美しかったこの世界をこれ以上汚さないで欲しい。

 ―朽ちる前にこれだけ言わせて欲しい。

 君たちが嫌悪する我は、他ならぬ君自身の汚点なんだ。


―――――


 霞ゆく意識の中でふと気付いたことがある。

 神に貢献していると信じて生存を続けてきたが、それを伝えられた記憶が見つからない。

 …これは仮説になる。我らが存在意義もなく、人類に追いやられながら世界を生きる事は、不可能だったのだろう。

 そこで生まれたのが虚飾。

 同胞の一つが我の存在を続けさせるために嘯き、存在意義を創りあげた。そうだとしたら、長い年月を愚劣に生きて来たことになるが……。

 我の仮説は子孫には残さぬことにする。一つの虚飾が多くの命を救うなら…。

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