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灰色の夕方に、刻め証を

作者: 柊 一

 今日の天気予報は曇り時々雨だった。予報の正確性は最近では二、三年前の停滞期を抜けたか、再び向上してきたような気がする。実際今の空模様は雨雲の含む水っ気がとても重くのしかかる、俺の心にのしかかる、そんな様相を見せていた。そう、最近の俺の気分は暗い。恋人にフラれるわ、部活の大会では予選落ちするわ、勉強の成績も悪化の一途を辿って自分みたいな人間の価値観さえ分からなくなってくる…。だけど、だけど…

 大事なことを再確認した俺は、ふと自分の帰るべき自宅の方を見た。ここら辺の空とは違い、向こうは晴れている、雲の隙間から光のカーテンが降り注いでいる。今は梅雨だから余計重くなった気分も、あのカーテンの下に帰れると思うと少しばかりはましか、そう考えながらやや速くなったその足で間もなくバス停に着いた。そして、眩しいくらいの空を遮るようにバスはすぐに、交差点のすぐそこに停車している。もう間もなく帰れると思うと今日の晩御飯はなんだろう、なんて考える―。

 バスが信号待ちの状態から信号が変わってこちらに間もなく到着するという時、俺は刹那の悪寒に襲われた。身震いすると同時に後ろから声が掛かった。

「前進んでください」

見るとサラリーマンの人だろうか、しかしその顔は暗く…、ん??ほ…、ほん…、ほんまに暗いやないか!?

大丈夫か声をかけようと思ったが、ふと列の先の方を見ると確かに前が空いていたので詰めようとする―…

『そうや…ここのバス停とちゃう…反対のバス停やないと帰れへん』

気づいた。先ほどまであまりに落ち込んでいたからか、自分のいつも通る道さえ間違えてしまった。まぁ俺は数か月前に関西から越してきたさかい慣れてへんのもあるけどな!、と先程までの暗い気持ちもどこか、関西人の気質かはたまた天性の気質か(それは言い過ぎ)、ともかく一緒にこの地に引っ越してきた自分の中の何かで明るく、小さく、しかし確実に吹っ切れることができた…ような気がする。


『帰ろ、家に』

そう気を持ち直し、列を抜けようとした時だった。急に視界がぐわんと動いた。

すぐに自分の身は無事なことに気づいたが、すぐ後ろで悲鳴が上がった。

『なんや?!』

身を起こすと視界に入ったのはさっき声をかけてきたサラリーマン風の人だ、倒れたのだ、どうする、呼吸はあるか、脈はあるか、AEDは、…

『落ち着け!俺!今こそ―』



秋晴れの空、綿雲の流れる空を見上げながら、俺は再びあのバス停でバスを待っていた、手には花束を持って。落ち着いてバスに乗ったが目的地が近づくにつれていささか緊張する。今までのことを振り返って少しにやけてしまいそうになるが、そこは我慢や。

あの日、あの時、救命措置を行えるだけの知識などを持ち合わせていたのは偶然にも俺だけだった。俺は、俺の夢は、沢山の人を救える「笑い療法士」になること。小学生の時に母親をガンで亡くしてしばらくふさぎ込んでいたけども、テレビで放送されていたコーナーでそれを知った。 その時思うた。人を笑かして元気になってもらおう、と。また、普通の救命も行えるように講習に行ったりしていたのも幸いした。あの時、冷静になれなかったら、そもそもの知識がなかったら…

たらればをついつい考えてしまっていたが、そうこうしているうちに目的地の総合病院に到着した。受付の人にその人の病室を聞き、エレベーターで上階を目指す。ピーンポーンと音がなり、やや静かな病棟の廊下を、緊張の、しかし程よい脈動を乱れさせぬようゆっくりとその場所に、702、703、704、705、…、あった。俺が初めて救えた人、髪型をしっかり整え、扉をノックした。

「はい、どうぞ」

失礼します、と断り病室に入ると、そこにはあの日とは違って、明るい顔のその人が、居た。その笑顔を見てほっとした…、笑みがこぼれる。

「お元気ですか」

そう問いかけるとその人は、親指を立ててグッドサインを見せ、

「とても、元気だよ」

、と、やや白髪の混じった頭とクシャっとした笑顔を見せられ、俺も笑みがこぼれる。

その後、少し話したのだが、何でも喋れるまでに回復したのはつい一、二週間前程の最近のことで、その人の奥さんに聞かされたのだと。俺がその場にいたこと、その人を助けたこと、すぐに救急車を呼んでなければ間違いなくこの世にはいなかった、と。あの時見たその人の暗い顔は、心臓の持病の発作が起きかけていたからだそうだ。ともかく、良かった。その一言に、尽きるな!


しかし、俺は今でもあの日見た、普段使わないバス停で見た、列に並んでいた人達の顔の、暗い顔は、どうだろうか、あの灰色の空に補正されてそう見えていただけかもしれないが、生命の淵に立たされている人もまだまだ沢山いたのかもしれない。だって、一瞬地獄に繋がっているんか思うたぐらいやから。でも、その中から一人でも明るい空の下に引っ張ってこれたのは、とても清々しく感じる。


人を救おう、これからも。

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