私に生きる資格
私にもすべての事がバカらしく思うことがあるんだ。
信じて結婚した夫は女とギャンブルに狂っている。
あのバカな旦那のお世話をするたびに私はなんてバカなんだと思う。
そしてそんなバカな私をもっとバカだと思ってしまう。
けれどもバカな夫もはじめからバカだったわけではないので、
私にはかわいい子供が2人いる。
生活費もくれない夫になってしまったが、
かわいい子供の為なら何でもしてしまえる私がいた。
だからバカな夫とも何とかくらしている。
何もかもがダメで、
家庭に帰ればバカらしいと思うことがたたあったが、
子供だけはいい子に育ってくれていた。
まあ、
私がいい子供と思っているだけであったようにも思ったが、
それでも子供がかわいくて仕方なかった。
子供と3人で生きていけたらどんなに楽しいか。
そう思う日が多くなっていった。
私のパートのお金では日々の生活費で消えていく。
生きる為に働く毎日に疲れていた。
生活費が足りないときは夫にお願いして生活する生活。
それでも自分のお金がたりないときに泣きついていく相手がいるという事は気分が楽である。
本当に1人で何もかも賄うという事はとても不安。
バカな夫でもいたほうがいい。
そうどんな夫でも1人で子供を育てるよりはましである。
私が女性だから女性目線の事を書いてしまっているが、
男性の気持ちがまったくわからない。
結婚しているのに女とギャンブルに狂い、
生活費を入れない夫に夫の資格があるのだろうか。
かといって夫の資格がないといった所で、
子供を育てる義務からは逃げる事ができないのに。
それすらも放棄しようとしている夫。
これはもう夫でもなく、
男性でもなく、
人間でもなく、
理性を失った人間のような人だ。
間違ってもそんな風になった夫は妻の責任であるとはいわれたくない。
私だって知っている。
こんな人間と子育てしたって、
将来がない事くらい。
けれども・・・
臆病な私は1人で子供を育てる勇気がなかった。
勇気がない私は大切な決断をずっと伸ばしに伸ばしていた。
おかしな夫はとても楽しそうだった。
仕事が終わればパチンコにギャンブルを楽しむ。
愛人ともまるで独身のように楽しい時間を過ごして、
疲れをいやす。
愛人が望むままの物を買い与えて、
愛人がわがままを言って喧嘩したときには、
家庭にかえって家族に八つ当たり。
間違っても愛人には男らしくかっこいいところしか見せない。
夫には聞いた事はないが、
楽しそうな夫の生活が少し羨ましかった。
私ってどうして、
こんなにつらい思いをして婚姻生活を続けているんだろう。
毎月くれるはずの生活なんて気まぐれだった。
なんでも彼女につかうお金が優先だった。
そう完璧な彼女のはずだったけど、
どうも料理だけは下手のようで、
それが悩みだった。
でも、
嫁が料理がうまいから、
そこはカバーしてもらおうってことらしく、
弁当はよく作らされた。
お金ももらえないのに・・・
きっとうそつきのワガママ夫はこう思っている。
「あいつはなんとかする」
何とかしてしまうから、
私も悪かった。
こんな生活をしていると、
当たり前だが、
少しずつ私の心は壊れだした。
もともと几帳面な性格だったので壊れだすと早かった。
始めは睡眠不足がもろに生活に影響した。
当たり前に睡眠不足だと日々の生活のパフォーマンスがおちた。
一時間でできる事が一時間で終われなくなると、
色んな生活に支障がでた。
そうなると余計に睡眠時間が短くなり、
几帳面な性格だった私は苦しんだ。
それは仕事も生活もどんどん狂いだしていった。
気が付くと156cmの身長の私は40キロになっていた。
体重が減りだしてくると、
もっともっと生活は悪いほうへ向かいだした。
睡眠がとれず、
食事もあまりとらず、
それでも日々の生活を続けることからは許されない。
そう思い込んでいた私は、
ある日倒れた。
時間は夜の9時だった。
自宅での家事を済ませてソファーに横になって倒れた。
お腹がいたい。
あまりの痛さにトイレにいくと真っ赤な血尿がでた。
あまりに恐ろしくなってすぐに病院に行かないといけないと思ったけど、
痛さのあまりに動けなかった。
それでもこの痛さは早く病院にいかないと手遅れになりそうな気がした。
今日は帰るかわからない夫に電話した。
「血尿がでてお腹が痛いので病院につれていって。」
そう泣きながらお願いすると、
まだ人間らしいところがあった夫は、
2時間後にはかえってきてくれた。
私はその間に夜間診療してくれる病院を探してまっていた。
もちろん子供を家には残しておけないので数時間だけ両親を呼び寄せた。
やっとのことで病院につくと夫は不機嫌な様子でこういった。
「車でいるから一人でいってこい。」
もう私は何も言わなかった。
いいえ、痛さで何も言えなかった。
私は泣きながら病院に入るとすぐに点滴と薬を飲んだ事は覚えている。
「今晩は入院したほうがいいですよ。」
と先生に言われてたのだか、
入院する事はできなかった。
今は入院すると・・・
だれも子供の世話ができない。
先生に子供がいるので入院できない事を説明して、
明日必ず病院に来ることを約束して帰らせてもらった。
帰りの車のなかでも夫婦の会話は何もなかった。
少しでも心配してほしい気持ちもあったけど、
何も聞かれなかった。
だから何も話さなかった。
自宅に帰ると夫は私を車からおろすと、
「仕事だから」
といってまたどこかに行ってしまった。
私は1人で自宅に入ると両親があわててよってきてくれた。
「身体は大丈夫なのか」
父にそういわれて涙がやっとこぼれてきた。
子供が隣の部屋で寝ているので、
声も立てずに泣いた。
お腹がいたいのではなかった。
夫に心配されない事が悲しくて泣いた。
そうとは知らずに父はよっぽど痛かったんだと慰めてくれた。
病名は膀胱炎だった。
念の為に明日にもう一度、
検査をしないといけないが、
順調にいけば2週間程度で治ると説明された事を父に伝えた。
時刻は2時をとうにまわっていて、
父も明日は仕事なのでとりあえず今日はかえってもらった。
痛みはだいぶ収まったがやはり少しは痛かった。
痛さと悲しさで胸がどきどきしたが、
何とか眠る事に勤めた。
また、あと3時間もすれば起きないといけない。
もう何もかんがえない事。
そう何も考えないで眠ろう。
そうして眠りにつくことにした。




