たえる意味
「息ができない」
そういうと右に大きく投げとばした。
ドン
体重の分だけの音がした。
壁に穴があくのではないかと思うほどにぶつけた体は、
畳の上に転がった。
痛いな。
投げとばされるってこんなに痛いんだ。
いつぶりだろう。
誰かに押されて顔から転がるのは。
いいや、
自分の人生の中で誰かにつきとばされる経験なんてあるのだろうか。
こんなときにこんな事を考える私はやっぱりどこかおかしいのだろうか。
いいや、
こんな時だから冷静に物事を考えるのだろう。
こんなことになったのはまた私が余計な事を夫に話したから。
どうしようもない私。
いいや、
どうしようもないのはお互いさまか。
夫が会社から帰ってきて夕食を終わらせてから話を切り出した。
なるべく夫を怒らせないように、
「共働きになるので家事を分担してもらえないですか。」
このお願いを聞いている夫の顔がどんどん曇っていく。
そう食事をして穏やかな顔がみるみる変わっていく。
あーこんなお願いをすることがもう
彼のプライドが傷ついているのがわかる。
そんな瞬間だった。
彼の返事はすぐにかえってきた。
返事はこうだ。
『なんで俺がそんな事をしないといけないんだ。』
と怒鳴りつけた。
どなりつける顔は今まに見たこともないような鬼の顔。
ダメだ。
これ以上何かを言えば自分があぶない。
もう何も言わないでおこう。
言ってはいけない。
この人には日本語は通用しない。
ちがう。
私の価値観はこの人には通用しない。
畳の部屋に転がりながらそう自分に言い聞かせていた。
もう話し合いという形で自分をいじめるのはやめよう。
と思った時に夫が話し出した。
「どうしても働きたいなら勝手にすればいい。俺はもうしらない。」
また私には理解できない返事かかえってきた。
そうまったく理解できない返事がかえって来たんだ。
どうして共働きなのに家庭の協力が得られないんだ。
言い返したい言葉で心がいっぱいになる。
けれども彼の仕返しが怖くて言い返せない。
言い返せなくて、
悔しくて黙って畳に転がっていた。
これだけの話し合いで、
私の次の日からの生活はまたおかしくなった。
仕事も順調で子供の生活も順調の毎日、
一つ困るといえば夫が家事の手抜きを許してくれない事だった。
それが一変した。
自宅から通える場所に夫の会社があるのに、
毎日帰らなくなったのだ。
自宅に帰らない。
そんな事をいきなりしだす夫だったが、
帰らない理由はこうだ。
仕事が忙しいので会社にとまっている。
始めはそんな言い分を信じていた私もわかってきた。
一日おきに帰ってきていた夫も二日おき、三日おきに帰るようになると、
もう仕事ではない事くらいわかる。
いくらバカな私でも帰らない理由が仕事ではない事がわかる。
わかるからつらくなりだした。
けれども夫が怖い。
夫のすることに意見をすればあんな結果になる。
そう思うと夫が毎日帰らなくても何も言えなくなった。
言えないで毎日を過ごしていると、
夫は調子に乗り出した。
今度は生活費をいれなくなった。
「今月は生活費をいれられないが、何とかしてくれ。」
家に帰らないのは黙っていても生活費をもらえないのは、
どうしても我慢ができなくて口をきった。
「生活費がゼロ円では今月の生活ができません。」
現実そうだった。
いくら働いているとはいえ、
私のパート代なんてたいした事はなかった。
大した事がない事を知っているのに、
夫は日々の生活を私の給料で賄えという。
どうやって賄えばいいんだ。
もっと働きたい気持ちもあるが、
気持ちだけでは生活はできない。
今はもう少し子供が大きくならないと仕事量を増やすことは出来ないのに。
今月の生活費をもらえないと食べるものが買えません。
そういうと夫はこういった。
「そんな時の生活も支えるのが妻の役目だろ。今月は無理だが来月は3万なら渡せそうだ。」
「どうしていきなりそんなことになったの。理由を説明して。」
「うるさいな。今月はいろいろと金が要るんだ。」
大きな声で私に怒鳴りつけると夫は出て行っていってしまった。
出ていったその日も次の日もかえっては来なかった。
電話をかけてもまったくでない夫。
それで子供が育てられるなんて思っていることがもう私には理解できなかった。
そう思うと涙が止まらなくなった。
初めからこんな性格の夫ではなかった。
とってもやさしくて、家族の為に一生懸命に働く人だったのに。
いつからかギャンブルに溺れて、
いつからか女の影をちらつかせて、
家庭をかえりみなくなる。
そんな人になってしまった。
せめてもう少し家族にばれないようにできないのか。
自分の理性を失い自分の本能のままに行動することを選んだ夫。
それでも私に泣いている時間はない。
解決策は一つしか思いつかなかった。
とにかく働く事。
そうして子供を育てる事。
夫が動かないなら私が頑張るしかない。
子供が小さいから働けないなんて言っても仕方ない。
働かないともうこの家は回らなくなったのだから。




