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紅い薔薇は罪か  作者: 暁 乱々
Question1:Mary ~母の解は在るか~
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7.解を求めて

 瑠奈は毎朝五時に起きるようになった。起きてすぐ一杯の水を飲むと自ら端末を開け、初等教育プログラムを受講した。学校教育時代に四年かけていたものを一年で学ぶという怒涛の内容だが、朝五時から受講すれば正午前には終わる。そしてかなり遅い、焦げまみれのブランチを摂ったあとは、ひたすらHK-Xのマニュアルを読み漁った。


 マニュアルには多数の設定値がある。サポートが言っていたように料理の名称を入力しておくと、材料の購入から調理までやってくれたが、女は拒んだ。家の間取りを設定しておくとお掃除ロボット以上に丁寧な掃除をしてくれたが、女は拒んだ。入力すればするほど高機能になったが、完成されることはなかった。

 

 目の前のメリーは言われた通り忠実に動くだけの機械。それ以上でもそれ以下でもない。腕の打たれた型式:HK-X、識別名:Maryの刻印がそのことを強調していた。

 それでも瑠奈は毎日マニュアルを見ては設定値をいじり倒していた。ひたすらある解を求めていた。


「瑠奈、ご飯よ」

 瑠奈の手は止まらなかった。彼女にとって食事よりも解を求める方が先だった。食事は女が諦めたときを見計らって、メリーの隣でとった。左手にマニュアル、右手でお箸。設定が思い浮かべば食事の手を止め、メリーへの入力を優先した。

 食事を終えるとロクに片づけもせず、メリーに向き合った。すでに入力した設定データのおかげで、瑠奈が風呂に入ったり、眠っていたりする間にメリーがすべて解決してくれた。


 そんな日々が続いたある日、瑠奈は夜中に目が覚めた。何度も目を閉じるが眠れなかった。瑠奈はHK-Xのマニュアルを手に寝室の扉を開ける。すると居間には煌々と明かりがついていた。その光の真下にメリーが倒れていた。

「メリー!」

 瑠奈が駆け寄りメリーの腕を引っ張る。だがメリーの反応はない。力が抜けた鋼の塊は瑠奈には持ち上げられない。背中を開け、入力用のタッチパネルを操作するがなんの反応もない。

「メリー、メリー!」

 体を揺さぶっても無駄だった。瑠奈の背後から足音が聞こえてきた。振り返るとそれは女だった。


「メリーになにしたの?」

 女は泡のついたスポンジを手にメリーの背中を押した。するとメリーのタッチパネルが点灯し『HK-X』の表示が出てきた。

「電源を切っただけよ」

「なんでそんなことをするの?」

「それは……」

「なんで、メリーの邪魔をするの?」

 女はスポンジを片手に走り出した。瑠奈は追いかける。女の行き先は浴室だった。そこに入ると扉を閉めロックした。そしてシャワーを振り回した。

 声を上げると女はさらに大量の水を出し、声をかき消した。そのシャワーの音に嗚咽が紛れていた。

 瑠奈は扉の前で待つことにした。シャワーの音が止まり、女が出てくるまで。


 瑠奈の眠気が戻り頭がかっくり下がったころ、シャワーの音が止んだ。ロックが外され、ゆっくり扉が開く。現れたのはずぶ濡れの女。それがゆっくり出てくる。その濡れた手は瑠奈を抱いた。瑠奈の目はぱっちり開いていた。

「ねぇ、なんであんなことをしたの?」と瑠奈は聞く。

 女は瑠奈を椅子に座らせ、寝室にあった大量の本を広げた。さらにUSBメモリー状の物体が本の山から転がった。その山の頂上にある本のタイトルが瑠奈の目に映った。

 

『理想の母になる方法』


「あたしは、ママらしいことをしてこれなかった。なにかがあれば瑠奈を怒鳴り散らし、不満をぶつけてきた。メリーはそんなあたしの代わりに瑠奈のママを演じてくれた。家のことを全てやり、瑠奈のために親身になってくれていた」

 女は濡れた顔をさらに濡らしている。

「あたしは瑠奈のママでありたかった。でもメリーを超えられなかった。だから瑠奈はメリーをママと呼び続け、あたしはただの女となった」

「だから、メリーを動かないようにしたの?」

 瑠奈の言葉に女は黙っていた。固く口を閉ざしたままゆっくりと手を伸ばす。その指先には『理想の母になる方法』の付録メモリー。そのキャップを開け、頭に埋め込まれたポートに差し込む。


 その瞬間、大量のデータが女の脳に流れ込む。頭は左右に激しく揺れ、口からは泡が沸き上がる。瞳は上転し充血した白目が見えている。

「やめてよ!」

 瑠奈の声は聞こえない。データ転送は続いている。ロボットと違い、進行度合いを示すバーは出ない。この異常な状態がどれほど続くか分からない。

 女はメリーを超えようとした。理想の母親であろうとした。そして大量の書籍を買い漁り、付録のメモリーで大量の知識をインストールした。だけどその答えは女が自らの体で証明している。だから……。


「もうやめて! お母さん!」

 瑠奈は母の頭からメモリーを引き抜いた。その瞬間、体の痙攣(けいれん)は止まり、瞳は正しい位置に戻った。

「もうやめて……そんなことしたって、お母さんになんてなれないよ」

 母は口からあふれた泡をそのままに、瑠奈を見つめていた。

「もうやめよう。お母さん」

 母は瑠奈に抱きついた。

「ごめん、ごめんね。瑠奈。あたし、いっぱい悪いことしてしまって」

「もういいよ。お母さんは完璧じゃなくたっていいの」

 瑠奈の背中を母がさする。

「ありがとう、瑠奈。あたしのしたことは、ちゃんと取り返すから」


 二人は部屋の明かりを消し、寝室に戻った。空はもう暁時だった。

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