1.ブランコ
ブランコが揺れている。錆びた音を鳴らし、揺れている。漕いでいるのは一人の少女。四、五歳くらいだろうか。一人ブランコで遊んでいる。
団地の中の小さな公園には、少女と女性が一人いる。彼女はベンチに座り、ブランコを漕ぐ少女を見つめている。それ以外には誰もいない。
この時代の子は公園で遊ばないことを、おそらく彼女は知っている。他の子たちがどこでなにをしているのかも。しかし彼女は公園へ連れていく。たとえそこに誰もいなくとも。
「瑠奈、そろそろ、帰ろう」
女性が少女に声をかける。その発声は決して流暢ではない。スピーカーから発せられたような途切れた声だ。
彼女の呼びかけを無視して少女はブランコを漕ぎ続ける。しばらく待っても止める様子はない。
女性は立ち上がり、少女に近づく。彼女の純白の肌は太陽光を反射し、まぶしく輝いている。瑠奈に向かって歩く様子はどこかぎこちなく、かすかにモーターの音が聞こえてくる。花柄のエプロンを着けた彼女は人間ではない。CR(コスモ・ロボティクス)社製の家政婦ロボットHK-Xだ。その証拠として腕には型式と識別名:Maryの刻印が打たれていた。
「帰ってお勉強、しなきゃ」
「いや!」
「ママに、叱られて、いいの?」
「あの人はママじゃない!」
瑠奈の言葉にメリーは固まった。数秒の沈黙が公園に流れ、枯葉が風で音を立てた。
「瑠奈は、あの人と、一緒にいなきゃ、いけないの」
「いや! だって、あの人こわいもん」
瑠奈は明らかに怯えていた。胸元で両手を握り、メリーを見つめている。
「いま、帰ったら、私が守って、あげる」
「かえらなかったら?」
「もっと怒られる。私も怒る。守ってあげないし、明日から、遊ばせない」
瑠奈はやっとブランコを飛び降りた。ふてくされた様子でメリーに寄り添い、まだ陽が高い空の下、家路についた。
公園のブランコが揺れている。音を立てて揺れている。
一度大きく揺れたブランコは、彼女が去るまで止まらない。