ep.009 “ル・スリィール”!
こころと直子は顔を見合わせ、にぃっと笑うと、仲良く階段を駆け上がり、勢いよく店の扉をあける。
ウェイトレスが二人を待ち構え、
「ボン・ソワール、マドモアゼル。ようこそ!ル・スリィールへ」
「あっ、マリちゃん、こんばんは~、また来たと」
「あら、ここちゃん、いらっしゃい。今日はかわいい妹さんとご一緒?」
こころは、後輩を褒めてもらったのがたいそう嬉しいらしく、
「うん、可愛かやろ~、ウチらの期待のルーキーね」
直子は、ウェイトレスのマリにぺこりと頭をさげる。
「鈴木直子と言います」
「こちらこそ!あら?何度か、いらっしゃった事あるわね?間違ってたらゴメンなさい。眼鏡かけたお父さんと、あなたによく似たお母さん、それと、確かこれくらいの小学生の弟んで来られてません?」
とウェイトレスのマリは、左手を胸の高さで平にした。
「それ、確かにウチです。凄い」
直子は驚く。
「マリちゃんは、接客したお客さんは大概覚えてると」
話が長引きそうな気配を察知した店長が、マリの背中でコホンと咳をする。
気付いたマリは話を切り、こころ達を席に誘う。
「ここちゃん、席は1番好きな席が空いてるよ」
「ホントに?じゃ、遠慮なく。直子、行くと」
こころは、店内奥の見晴らしのいい席を目指す。
直子は、再度、ぺこりと頭を下げ、こころの後を追った。
お気に入りの席に座ったこころが、山手を指差し、
「ほら、直子、こっからだと、この時間は夕日がさして聖クリがスゴク綺麗に見えるったい。特にここからが最高なんよ」
直子は目を見開き、
「うわぁー」
遥か彼方の山頂に、夕日を浴びてキラキラ輝く母校を見た。
《雪江にも、見せてやりたいなぁ・・・》
「感動したか、後輩」
マリがオレンジジュースとケーキをテーブルの上に2個づつ置く。
「?」
直子がびっくりしているのを見た、こころが、
「マリちゃん、ウチまだ頼んで無かよ?」
マリは胸を張り、
「たまには後輩達に、先輩らしいトコ見せさせてよ。これはアタシからのオゴリ」
とウインクすると行ってしまった。
こころは起立すると、深々とマリの背中に頭を下げる。
「遠慮なくゴチになります。マリ先輩!」
店内にこころの威勢のいい声が響き渡った。