ep.079 出ない電話
橘はコルベットの助手席に乗り込むと、少し待ってもらえますか?と言い、雪江の家に電話を掛けた。
呼び出し音は鳴るが、誰も出ない。
もう一度試みるが、結果は同じであった。
橘は、とてもすまなさそうに、
「睦月先生、すいません。稲美さんの家、誰も出ないみたいです。彼女から聞いた話では、お手伝いのおばさんがいるはずなんですが・・・」
睦月は橘に元気付ける様に笑うと、
「お昼だから、買い物に行ってるのかもしれませんよ?そうですね、僕たちもお昼を食べて、稲美さんのお家に行きませんか?こういったトラブルを抱えた家の場合、アポ無しで行く方が、真相や真実が見える事も有りますから。如何です?」
橘は頷き、
「そうですね。睦月先生のおっしゃる通りですわ・・・」
「それでは、何処に行きましょう?お昼ご飯」
「睦月先生のオススメでいいです。あっ、でも出来たら、私、あっさりした方が・・・」
睦月の回答は早かった。
「じゃあ、讃岐うどんは如何です?美味い店があるんですよ」
「ええ。そこで」
睦月はエンジンのキーを回し、コルベットを目覚めさせると、滑るように駅 前のロータリーから出て行った。
車を10分程走らせると、河内長原市役所が見えてきた。
睦月は市役所近くの時間貸し駐車場に愛車を入れ、
「ここから歩いて1分です。着いて来て下さい」
そう告げると、車を降り歩き出した。
橘もすぐ後に続く。
しばらくして、睦月が急に立ち止まったので、橘は睦月の背中にぶつかりそうになった。
睦月は振り向き、橘に語りかける。
「橘先生、ここのうどんが最高に美味いんですよ!」
橘はうどん屋の看板を読む、
「麺維新“権八”?」
「ええ、そうです。じゃあ入りますよ」
睦月と橘は、扉を開け店に入った。
カウンターから威勢のいい掛け声がかかる。
「あっ、睦月先生。いらっしゃい。なんです?今日は彼女連れですかい?とりあえず、奥のテーブルどうぞっ!使って下さい」
睦月は足を進めながら、
「大将、このヒトは同じ学校の先生だよ。橘先生」
橘は頭を下げる。
「はじめまして、橘です」
「店主の磯村です。ささっ、どうぞ。どうぞ」
睦月は、この“権八”のうどんを非常に気にいっていて、月に数回は足を運ぶのだ。




