ep.006 学園のヌシ
聖クリストファー学園国際高等学校には、“ヌシ”がいる。
厳密には、学園を中心として半径3キロ四方の“ヌシ”の様な猫というべきか・・・。
齢、18歳にもなろうかというその猫は、不思議な事に猫にしてみればそんな高齢にもかかわらず、白髪も生えてなければキバも抜ける事もなく、若々しかった。
見てくれは、一見、白黒の綺麗な八割れ模様の雄ネコである。
が、ただ大きかった。
長い尻尾の先まで入れると裕に120cmは越え、体重は10キロ以上あると思われた。
その猫、名を“リュウノスケ”という。
名付け親は伝説を作った卒業生らしい。
この聖クリにおいて、リュウノスケが懐くのは、校長・上田と理事長・JJだけで、この二人以外からは、決して餌を差し出しても食べようとしないのだ。
桜子でさえ、挨拶が限度である。
なんでも噂では、リュウノスケがみーみー鳴く頃から、JJは知っているらしい。
アイツは待っている人がいるのさと、JJが言ったとか、言わないとか。
“聖クリ七不思議”の一つ、リアル“百万回生きた猫・リュウノスケ”である。
そんなリュウノスケが、学園の裏門近くにある駐輪場で、しかも、こころの愛機ヤマハ・V-maxのシートの上で寝ている。
こころはリュウノスケを見るなり、
《あちゃー、ヤバか猫がいるっとよ。どげんすっと・・・》
聖クリの生徒は知っている。
ヘタにリュウノスケに手を出すと、大怪我をする事もある事を。
実際、一昨日、こころの同じクラスの岸本光が悪友と、リュウノスケの尻尾を掴めるか?という賭け事をして、猫パンチをまともに喰らい一週間の怪我をしている。
幸いだったのが、聖クリにしては珍しい男子生徒だったくらいか・・・。
とはいえ先を急ぐこころは、リュウノスケに優しく声を掛ける。
「リュウノスケ~、起きるったい。朝ですよ~」
実際は夕方であった・・・。
リュウノスケは眼を開ける事もなく、バン!と尻尾でガソリンタンクを叩く。
嫌だと言っているみたいだ。
《うわぁ、機嫌最悪ったい・・・》
こころはリュウノスケに手を合わせ、
「リュウノスケ、お願い!退いてくれんね、ウチは急いで行かんとアカンとよ」
と頼み込む。
リュウノスケは、チラリとこころを見、ふわぁ~と大きなアクビを一つ、そして、身体をんーと伸ばし、スタっとV-maxから降りる。
「ありがと、リュウノスケ。助かったたい」
こころがそう言って、バイクに跨がり、自分専用の白地にスカイブルーで左右に羽が描かれたヘルメットを被った時、珍しい事が起こった。
懐かないハズのリュウノスケが、こころの左足首に頭を擦り付け、早く行けと示した様に見えたのだ。
こころは微笑むと、左手で軽くリュウノスケの頭を撫でてやり、手早くキーを差し込みONに回す。
セルスイッチを押すと、V-maxが心地良い重低音を響かせ咆哮する。
桜子に借りたヘルメットを左腕に通すと、
「行ってきます」
そうリュウノスケに言い残し、こころは学校を後にする。
《リュウノスケって、あんなに人懐っこか猫やってんね・・・。知らんかったったい》
そんな事を思いながら、バイクを駅に向かい走らせた。
こころのV-maxだと、途中信号で引っ掛かっても、3分もあれば駅に着くだろう。
風が心地良かった。
残されたリュウノスケは、こころが見えなくなるまで見送ると、なぁ~ごと鳴くとくるりと回り、理事長室を目指してしなやかに歩き出した。
どうやら、ディナータイムの様だ。