ep.005 モーツァルトと化学教師の憂鬱
一方、こころが出ていった生徒会執務室では、
「メイちゃんやったら、ウチもオススメどすなぁ。そう思いまへんか?若槻先ぱい?」
藍が、フィナンシェを頬張りながら尋ねる。
「モーツァルトのクラリネット協奏曲とか?」
少し考え、若槻が答えると、
「ええ、メイちゃんになら出来ると、ウチは思いますえ」
藍は“にぱぁ”と笑って、問い掛けに応じた。
桜子が追い打ちを掛ける。
「園咲メイ演奏によるのモーツァルトのクラリネット協奏曲か・・・、アタシも面白いと思いますわ。どうです?マエストロ・若槻?」
マエストロと呼ばれて悪い気がしない若槻は、紅茶を啜りながら、
「じゃあ、その線も候補に」
そんな会話をして、少し時間が過ぎた頃。
再び、生徒会執務室の扉がノックされ、化学担当教師・橘庵が顔を出す。
表情は少し固い。
「鷲尾、忙しい処悪いけど、後で職員室まで来てくれる?話があるから」
桜子は、何だろう?と少し不思議に思ったが、生徒会会長になってからは、割とあれやこれやと教師の用事や相談、場合によっては愚痴も聞く様になっていたので、
「橘先生、30分後でいいですか?」
微笑み答えた。
「ええ、構わないわ。じゃあ、お願いするわね」
橘がそう言って職員室に戻ろうとした時に、藍がパタパタと橘の元に駆け寄り、
「はい、橘先生。これ、どーぞ食べておくれやす。悩み事もあるのも理解わかりますけど、曇った顔のままやと、折角の美人が台なしどすえ」
微笑むと、最後のフィナンシェを差し出した。
話が悩み事である事を藍に見抜かれた橘は、少し驚き、
「隼人、先生も色々あるのよ・・・。じゃ遠慮なく、コレ貰っていくわ。ありがとう」
フィナンシェを白衣のポケットに仕舞うと、職員室に戻っていった。
「さて、藍。ウチらも音楽室に、一度戻りましょうか。メイが居たら、聞いてみましょう?モーツァルト、演れるかどうか」
「あいっ、若槻先ぱい」
藍はいつもの敬礼スタイルで応えた。
そして、若槻がティーカップを片付けようとしたのを桜子は制止し、
「やっておきますから、若槻先輩は早く音楽室へ」
若槻は微笑み、
「じゃあ、会長、申し訳ないですが、後をお願いします」
礼を言い、藍を連れて音楽室へ行ってしまった。
桜子は、一人食器を片しながら考える。
《そういえば、橘先生は、1年B組の担任よね。こころが話をする鈴木直子さんも同じ1年B組か・・・。何か関連でも・・・》
感の鋭い桜子でも、もう一枚の足りないピースには、この時まだ気付いていなかった。