ep.240 Bless
半年程前に小樽市中心街より少し外れた国道5号沿いに、その喫茶店はオープンしていた。
店の名前は“Bless”。
具だくさんだが少し甘口なカレーと美味しいコーヒーが自慢で、優しい目をした小柄なママが、マスコット的な小さな可愛い女の子と二人で営む店である。
そんな“Bless”の駐車場に和泉ナンバーの黒のレクサスが停まった。
秀はサングラスを外すと、
「裕一さん、ここからはお一人でお店の中に行って下さい」
「あれ?秀ちゃんは行かないの?」
裕一は不思議そうな顔をするが、納得いったのか、
「分かった。一人で行くよ」
車を降り、リュックサックを背負うと、
「今まで、ありがとう。秀ちゃん。バイバイ」
頭を下げ、小さく手を振ると店に向かって歩き方だした。
残された秀は、裕一を見送るとマルボロを取り出す。
火を着け、深く吸い込んだ。
思わず涙ぐむ。
《良かったですね、裕一さん。今度こそ幸せになって下さい・・・》
ハンカチで涙を拭くと、シフトをリバースに入れ愛車を反転させた。
目指すのは札幌。
《まぁ、帰りのフェリーが23時半やから、充分、札幌行って、千絵に頼まれてる“ロイズ”の生チョコ買えるやろ・・・》
役目を終えたレクサスは、軽快に走り出した。
カランコロン。
涼しげな音を立てて、カフェ“Bless”の扉が開く、
「いらっしゃ・・・」
途中まで言いかけて、思わず恵美は固まる。
あのヒトが立っていた。
「恵美ちゃん、ボク来たよ!」
裕一は涼しく笑う。
「裕一・さ・・・ん」
恵美のその言葉に、隅のテーブルでお絵かきをしていた優も、反応し顔を上げた。
目をびっくりして、目を真ん丸に見開き、
「あっ、パパ!」
椅子から降りると、裕一に駆け寄った。
脚に抱き着くと、
「パパ、“おたる”きてくれて、ありがと!」
優は殊の外嬉しそうだ。
恵美は、ハンカチで涙を拭き、
「裕一さん、お腹空いたでしょ?モーニング食べませんか?」
「うん!食べる」
「あたしもたべる!」
優の元気な声が、店内に響く。
裕一は笑った。
さまよい、求めあった思いが、やっと一つに・・・。
小樽に本当の春がやって来る。
丁度、雪江が組長代理を襲名してから、一年後の出来事であった。




