ep.238 はまなすの上で
「ねぇ、秀ちゃん。この水たまりってどこまで続くの?」
京都府舞鶴港から北海道小樽港へ向かう新日本海フェリー“はまなす”の甲板の上、稲美裕一は海上を指差しはしゃいでいる。
秀ちゃんと呼ばれた山崎秀彦は、サングラスを外すと、
「そうですね、遠い遠い外国まで・・・、中国やロシアまで続いてます。それから、裕一さん。この水溜まりは、“海”って言うんです」
「ふーん、海かぁ・・・。ねぇ、中国って、パンダのいる国?」
秀は優しく笑い、
「ええ、そーですよ。パンダがいてるんが中国」
「じゃあ、ロシアは?何がいるの?」
裕一は、目をキラキラ輝かせ尋ねた。
秀は少し困った顔をして、
「ロシアですか・・・?ん~」
「いないの?動物?」
裕一は不満げだ。
秀は額の汗を拭うと、
「いや、いない事は有れへんのですが・・・。あっ!」
「何なに?秀ちゃん」
「動物ちゃいますけど、ロシアにはピロシキが有ります」
「それって有名?どんなの?動くの?」
「ピロシキは動きませんけど、美味いです。言うてみたら、具の入った揚げパンです」
裕一は首を傾げ、
「揚げパン?甘いの?辛いの?」
「そうですね、辛ろないカレーパンみたいなもんですわ。あっ、思い出しました。ロシアにも有名な動物います」
裕一は、ピロシキよりも動物に興味があるみたいで、
「何、それ?」
「狼ですわ。シベリア狼」
「かっこよく、家族を大事にするのが狼ですわ」
「だったら、ボク、オオカミになる。なってな、恵美ちゃんや優ちゃん、悪いヤツから守る!」
秀は少し驚き、
「そうですね。裕一さんならなれると、この秀が保証しますわ」
裕一は、ニカッと笑い、
「あっ、ほらほら、秀ちゃん。カモメがあんなに!」
裕一は褒めてもらった事よりも、カモメに夢中だ。
風がカモメを玩ぶ。
「裕一さん、風が強なってきました。中のレストランで、プリンでも食べませんか?」
裕一は、プリンの言葉に直ぐさま反応し、
「プリン!ボク、プリン大好きや!秀ちゃん、食べに行こ」
そう言うと、レストランへ続く扉を嬉しそうに開く。
秀を手招きして、
「早く!秀ちゃん、早くせんとプリン無くなる!」
秀は、目を細め頷くと、
「そりゃ大変や。裕一さん、急ぎましょ」




