ep.226 朱雀の恋唄
浅井が思い出したように、
「のう、稲美の姐御?」
雪江は微笑み、
「はい、浅井の親分。何でしょう?」
「挨拶代わりに、一曲歌ってやってもらえへんかのう?儂ゃ、歌が好きなんや。あかんか?」
大広間には、いつの間にか行儀見習いの若い衆により、カラオケセットが用意されていた。
雪江は頷き、
「アタシの下手な歌でよければ・・・」
浅井は、くしゃくしゃに笑って嬉しそうに、
「ええんや、ええんや。歌は気持ちや」
雪江はスタンドマイクの前に立ち、ペこりと頭を下げ、
「親分衆のお耳汚しにならなければいいんですが・・・、それでは、昔、母がよく歌っていた紅かおるさんの曲で“朱雀の恋唄”」
大広間に拍手が起こった。
静かに物悲しく、胸を締め付けるメロディーが流れる。
「胸に秘めた、あんたへの想い・・・」
雪江は歌う、母を思い出しながら・・・。
雪江が歌い終わると、浅井はボロボロに泣きながら、手を叩き、
「稲美の嬢ちゃん、あ、すまん、姐御やったな。儂、感動したわ。歌上手いやないか」
そう言って、雪江の手を握りしめた。
「もう一曲、もう一曲や。かまへんな、親分がた?」
親分衆は頷いた。
雪江は少し照れ、
「それじゃもう一曲だけ・・・」
元々、フィギュアスケートで注目されたりしているので、人前は嫌いではない。
雪江はペこりと頭を下げ、
「今度は八代亜紀さんの曲で、“舟歌”を・・・。聞いて下さい」
雪江が歌い終わると、波の様な拍手が起こった。
歌好きな親分達が、次々と順を争いマイクを奪い合う。
長門の番になり、気持ち良く鳥羽一郎の“兄弟船”を歌い、まさに一番いい所に差し掛かった時引き戸が開いた。
行儀見習いの若い衆が、礼をして入ると雪江の所にやって来て、耳元で囁く。
「稲美の姐御、総会長さんがお呼びです。至急、別室へ」
雪江は、周りにいる親分衆に詫びを入れ、立ち上がる。
歌っている途中ではあるが、長門は歌を切り、
「おい、なんだよぉ。雪江ちゃん、行っちまうのかよ~。せっかくこっからが聞かせ所なのによぉ」
かなり悔しそうだ。
雪江は手をあわせ、
「総会長さんから、呼ばれてるの。今度、ゆっくり静岡行って聞くから。ごめん、とっちゃん。あっ、長門の親分・・・」
どっと笑いが起こり、他の親分衆が、茶化す。
「許してやれ、とっちゃん」
「総会長さんじゃ、しょうがねーよ。とっちゃん」
長門は、とっちゃんって言うんじゃねーと、照れて吠える。
雪江は目を細め、長門が親分衆から愛されているんだと実感した。




