ep.224 直参の特権
雪江が少し困った顔をしてると、数人の親分が近付いて来た。
親分の一人が、怖面のままで、
「稲美の姐御。直参復帰、おめでとうございます」
とだけ言う。
刹那、破顔すると、
「雪江ちゃん、俺の事覚えてないわな・・・。あんたが3つか4つの頃、先代の会長さんの所で行儀見習いさせてもろてたんや。姐さんが用事の時、幼稚園迎えに行った事もあるんやで。やっぱ、覚えてへんわな・・・」
雪江は、記憶を辿る。
声に聞き覚えはあった。
頭の中で、髭を取り髪型を変えてみる。
「あっ、もしかして、とっちゃん!飴玉、よくくれた」
とっちゃんと呼ばれた親分は、頷き、
「そや、そのとっちゃんや。よく覚えてくれてたな。俺、嬉しいわ。今は静岡で、親父の跡継いで三代目やらせてもらってるんや。また遊びに来てくれな、美味い本マグロ食べさせるから」
懐から名刺ケースを取り出し、自身の名刺を一枚抜くと雪江に渡す。
“遠州清水組”組長・長門敏美と書いてあった。
雪江はありがたく名刺を受け取り、
「長門の親分、ありがとうございます。これは大事に・・・、何分、急に代理になったので、お渡しする・・・」
途中まで言った時、行儀見習いの若い衆が耳打ちする。
「稲美の姐御。多田の親分が、これを使ってくれと」
風呂敷に包まれた桐箱を、雪江に渡した。
「すいません、長門の親分」
長門に詫びを入れ、もしやと思って桐箱を開ける。
名刺が入っていた。
かなり上質な和紙に、金の箔押しの“天道白虎会”の代紋、そして、“河内稲美会”組長代理・稲美雪江と書かれていた。
「これ使っていいの?」
思わず見習いの若い衆に尋ねる。
「はい、稲美の姐御。そうお聞きしております」
それだけ言うと、頭を下げて出て行った。
長門の親分は、にこりと笑い、
「稲美の姐御。その最初の一枚、このとっちゃんにもらえないかい?」
「あっ、どうぞ。宜しくお願いします。長門の親分」
雪江は長門に手渡した。
長門は、まるで宝物を貰った男の子の様に目を輝かせ、
「凄え、これが直参の名刺か・・・、やっぱし、凄え」
もちろん、長門達も“天道白虎会”の傘下故、代紋が入った組長の名刺を作る事は出来る。
但し、金の箔押しの代紋は、直参のみが許される特権であった。




