ep.223 残された雪江
雪江は、気合いの入ったトメの声を聞くと、背筋をぴーんと伸ばす。
目を真ん丸に見開き、少し甲高い素っ頓狂な声で、
「はっ、はい。宜しくお願いします。朱雀のトメさん」
そう言って、這いつくばる様に頭を下げた。
雪江の姿にどっと笑いが起こり、大広間は和やかな空気に包まれる。
厳之介は、ほうと左の眉を上げ、
《このお嬢ちゃん、たいしたもんだ。この張り詰めた空気を、一瞬で変えやがった。しかし、まさか、ここで朱雀が出てくるとは・・・。はっ!まさか・・・。そうか!ならば納得がいく。まぁ、後で朱雀に直接確認するか・・・》
厳之介は立ち上がり、大広間の親分衆を見回すと、
「今日は忙しい折、遠路はるばるわざわざ神戸まで呼び付け、すまなかった。 今回の“河内稲美会”の件、各々言いたい事もあると思うが、これにて手打ちとさせて貰う。いいな?」
『へい!』
大広間が振動した。
「へっ、ありがとよ。堅苦しいのは、これまでだ。ささやかだが膳を用意させて貰った。酒もある。寛いでってくれ」
厳之介が軽く頭を下げると、大広間の引き戸が開く。
行儀見習いの若い衆が、実に見事な日本料理の膳を次々と運び込み、数分経たないうちに、上座はもとより下座の親分まで行き渡った。
厳之介はうんうんと頷き、
「揃った様だな。乾杯の音頭を・・・、初仕事だ。稲美の、やってくれるかい?」
雪江は、スクッと酒の入った杯を持って立ち、
「僭越ながら、稲美雪江務めさせて頂きます。“天道白虎会”の益々の発展を願いまして・・・、乾杯!」
『乾杯!』
親分衆が杯を上げ、合唱する。
ぐいと一気に酒を煽り、誰彼なく拍手をして場を祝った。
厳之介は納得した様で、直参の親分に目配せし、
「俺達はしばらく席を外させてもらうよ。居ちゃあ寛げないだろうしな。稲美の、俺達に代わり親分衆の相手をして貰えねえか?頼まぁ。朱雀の、お前さんは俺達と一緒に・・・」
そう言って、直参の親分衆とトメを引き連れ、出て行ってしまった。
上座に座っているのは、雪江ただ一人。
《しっかりしなくちゃ・・・》
雪江は、自身に言い聞かせた。




