ep.221 代紋と後見人
雪江は覚悟を決め、上座の末席に座る。
すぐ左には、先程厳之介に成り代わり声を掛けてくれた“仏の羽出”こと豊州弁天組・羽出組長が、にこやかに笑っていた。
厳之介が目配せをする。
刹那、行儀見習いの若い衆が、雪江の前に漆塗りの盆に乗った小さな桐箱を置いた。
「稲美の。おめえさんの分だ。付けてやっちゃもらえねえか?」
厳之介は、箱を開けてもらうのが、嬉しくてしかたないらしい。
雪江は静かに桐箱を取り、開けた。
金色に輝く太陽の真ん中に、草書体で虎の文字。
“天道白虎会”の代紋だ。
雪江は大事そうにその代紋を取ると、聖クリのジャケットの左襟に着けた。
ちらりと横目で雪江を見て、厳之介は、
「なかなか似合うじゃねえか。そうは思わないかい?羽出の」
羽出はうんうんと頷き、
「そうですの。よう似合っちょります」
厳之介は、目を細め、
「お前らはどうだ?」
他の直参も頷いていた。
特に先代の河内稲美会組長と仲が良かった愛媛の“伊予多聞一家”の多田組長などは、号泣し、
「雪江ちゃん。よー似おとる。アンタの父ちゃん、草葉の陰から見守ってるき、気張りや。おっちゃんも付いてるきの」
下座の親分衆には、もらい泣きする者も居た。
厳之介は、ふむと言った面持ちで、
「後、後見人を決めなきゃいけねえな。まだ稲美の組長代理は若えし。そうやなあ・・・」
その時、大広間の引き戸が開く。
深紫に金糸銀糸をふんだんに使った朱雀を施した西陣織の留め袖をキリリと着込み、見事な白髪を結った老女が立っている。
“河内稲美会”に、住み込みで家政婦をしている雀村トメだ。
「あたしに、その役目引き受けさせちゃ、もらえないかい」
すっと一歩進むと、丁寧に土下座し、
「この通りだ。白虎の・・・」
トメの登場に、大広間は動揺する。
もちろん、雪江も・・・。
下座に座る先程怒鳴られた組長が、今度こそ名誉挽回だと、
「オドレ、誰や!こ・・・」
全てを怒鳴なる前に、厳之介が切れた。
「おめえこそ黙らねえか、このどさんぴんがっ!この女はな、おめえなんかが口を利ける女じゃねぇんだ!分かったか!!」




