ep.217 簒奪者、裕一
雪江は、一人、20畳はある客間で呼び出しを待っていた。
不安が胸を締め付ける。
その度毎に、政の言葉を思い出した。
『俺が帰って来るまでの間、代わりに、組、護ってやってもらえませんか。いや、組だけじゃねえ。先代、先々代が護ってきた街を秀達と一緒に』
拳を握りしめ、静かに時間が過ぎるのを待つ。
《アタシ、強くなるから・・・。守って、政さん》
客間の引き戸がノックされ、雪江に声が掛かる。
「お客人、総会長がお呼びです。大広間へお越し下さい」
「はい、畏まりました」
雪江は静かに答えた。
黒スーツ姿の行儀見習いの男に案内され、雪江は大広間へ向かう。
ふと思った。
《総本部で行儀見習いって事は、この人もいずれは、何処かの親分候補なのかしら?え?今、アタシ、何んて?》
自身で気持ちの整理が出来、そして、背負うモノの大きさに、正面から立ち向かう覚悟を既に持っている自分に気付いた。
《もう・・・、恐くはない・・・》
目の前の引き戸が開く。
天道白虎会総会長・虎谷厳之介を中心に、直参の組長衆が左に四人、右に五人づつ並ぶ。
その下に約五十人づつの組長達が、厳之介に向かい座っている。
大広間に一歩踏み込んだ刹那、厳之介以下全ての組長が雪江に目を向けた。
もう一歩進み、正座をすると深々と頭を下げ、
「“河内稲美会”三代目・稲美江造が娘、稲美雪江でございます。“天道白虎会”虎谷総会長におかれましては、兄、“河内稲美会”四代目・稲美裕一の隠退状を受理頂き、感謝しております」
「そいつぁ違うな、稲美のお嬢ちゃん!」
大広間の真ん中、一番奥に陣取る厳之介が声をあげた。
大広間に緊張が走る。
「あぁ、違う、違う。俺は元々、ヤツを稲美の四代目に認めてなんかいねぇぜ。なぁ、羽出の」
同意を求められたのは、人なつっこい笑顔で、“仏の羽出”と呼ばれ、大分県別府を中心に勢力を持つ、“豊州弁天組”組長・羽出だ。
「そうですな、虎谷総会長。儂らは、認めてません。“天道白虎会”直参の組長の代替わりは、儂ら全員の承認が必要ですから」
羽出は雪江に顔を向け、
「お嬢ちゃん、残念やけど。あんたが四代目と思ってる兄は、儂らからしたら、跡目を奪った単なる簒奪者や」




