ep.197 鉄火なトメと礼司ちゃん
《さて、どうにかこうにか着いたよ・・・》
トメは近畿日本鉄道吉野線・吉野駅を出ると、バス停のベンチに座り込み考えていた。
病院から誰もいない稲美邸に戻ると、大事に取ってあった秀の結婚招待状を探し、それを元になんとか奈良・吉野までやって来たのだ。
「あっれ~、トメさんじゃないっすか。どうしてこんな所に?」
目の前に、パンパンに詰まったスーパーの買い物袋を両手に持った礼司が、趣味の悪い紫のスエットの上下を着て立っていたのだ。
「れっ、礼司ちゃん・・・。ま、政が、政が・・・」
トメの瞳から涙がこぼれる。
礼司はスーパーの袋を落とし、トメに駆け寄った。
「会長がどうかしたんで?」
トメは礼司に縋り付くと、うわーんと泣き出す。
ずっと我慢していたのだ。
礼司は暫く胸を貸し、トメが落ち着くのを待つ。
5分程過ぎた頃、やっとトメは気持ちの整理が着いたのか、鼻をかむと、
「礼司ちゃん、私を直ぐに秀の所に連れていっておくれ」
すると礼司は、申し訳なさそうに頭を掻き、
「すんません、トメさん。実は秀の兄貴からは、食料費とバス代しか預かってないんすよ」
礼司はバスの時刻表を確認し、
「うわっ、後30分も待たないと・・・。どうします?トメさん。急ぐには、タクシーがいいんすけど・・・」
トメは、ポーンと礼司の肩を叩き、
「礼司ちゃん、あんた素直だねぇ。いい若い衆になるよ。事は急ぐんだ。タクシーで行くよ。私が出すから」
礼司は、褒めてもらったのが嬉しいらしく、
「はい、トメさん。お供します」
そう言うと、大量の食料と一緒に、トメのハンドバッグも持って、タクシー乗り場に歩きだす。
トメも見知った顔を見て安心したのか、腰を上げ礼司の後を追った。
礼司は歩きながら、ふと首を傾げ、
《しっかし、政の親父や秀の兄貴が呼びすての、“政”や“秀”なのに、何で俺は“礼司”じゃなく“礼司ちゃん”なんだろ?確かに、トメさんから見たら、孫位の年齢かも知れないけど・・・》
まずトメをタクシーに乗せ、礼司自身も乗り込むと行き先を告げる。
「すんません、金輪王寺の旅館街まで」