ep.194 哀歌
“河内稲美会”会長補佐、これが岸田の今の地位である。
今までなんとか、任侠の世界でのし上がってやろうと、彼なりに努力してきた結果だ。
しかし、岸田はふと思う。
《本当に、それが正しかったのかと・・・、だったら、何で俺は・・・》
岸田は今、堺インペリアル・ホテルの厨房、そのゴミ捨て場に隠れていた。
臭いがキツい。
《何やねん、何やねん、あのガキ・・・。人間ちゃうで、あの強さは・・・》
痛みが走る。
岸田の足をネズミがかじったのだ。
「痛ーっ」
慌てて自身の口を押さえた。
《あかん、あかん。見付かる訳にはいかへんのや・・・》
暗闇を見つめ、岸田は思い出す。
地下1階の地下駐車場にほうほうの体で戻ると、黒いスーツを着た怖いオーラを放つ男達が、弟分達を次々と何処かへ運び込んでいたのだ。
《なんやったんや、アレ・・・。ヤクザには見えへんかったけど・・・。軍隊か?まさか、ここ日本やで・・・》
車での逃走を諦め、1階のロビーへ階段を使いこっそり戻った。
そこにも、弟分達は居なかった。
《どうなってんねん・・・》
岸田は思いつくまま弟分達の携帯を掛けるが、誰も出ない・・・。
不安に襲われた。
壱野に至っては、留守番電話にすらならなかった。
岸田の頭に、“着信拒否”という言葉が浮かぶ。
《あの野郎、裏切ったか・・・》
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
《マズい・・・、ポリや。えっと・・・、隠れる所は・・・》
そうやってなんとか見付けたのが、1階奥にあるホテル厨房のゴミ捨て場だったのだ。
《此処で今日の処は、しばらく身を隠すしか・・・》
その時、岸田の携帯が鳴った。
急いで携帯を見る。
携帯に“姫路不動組”組長・飯本の文字。
出ると、知った声が・・・。
「おぉ、飯本か、助かった。壱野と連絡着かへんのや・・・」
岸田が固まった。
汗が一気に噴き出し、背中を濡らす。
「えっ、そやかて・・・。ちょ、ちょっと待ってくれ。おっ、おい!飯本、飯本!」
電話は一方的に切られた。
着信元をリダイヤルで掛け直すが、当然の如く出ない。
“姫路不動組”の電話もである。
《くっそー、こうなったら、一度戻って姫路へ直談判や。それしかあれへん。それしか・・・。やないと、俺、極道としても生きていかれへんがな・・・》
今はただ、ゴミ捨て場の壁を見るしかなかった。