ep.019 許婚
「雪江ちゃんも、ぉ見舞ぃ?」
「アタシは・・・」
瑠奈が、雪江の言葉を遮って話を続ける。
「理解ってるって。自分の診察で、花束は持ってこなぃもんね。ァタシもなんだ」
少し瑠奈に興味を持った雪江が、尋ねた。
「鳩村先輩は、ご家族ですか?」
「ん?瑠奈でぃぃよ。雪江ちゃん。ァタシは、彼氏」
瑠奈は、にっと笑う。
「恋人さんですか・・・」
「でも・・・」
「でも?」
瑠奈の顔が急に曇った。
「半年もね、意識が無ぃの。戻って来なぃの。ここの先生の話だと、脳は死んでなぃ、生きてぃるって、だから来れる時は、毎日でも来て話しかけてやって下さいって・・・。でも、ぃぃの生きてくれてぃただけで・・・。あっ、ゴメンなさぃ、暗くなっちゃったね。雪江ちゃんは、どなたの?ご家族?」
雪江は複雑な顔をした。
「みたいなもんです。許婚です」
この時、雪江は、自身初めて口にした“許婚”と言う言葉に驚いていた。
《え?今なんて言った?アタシ、知らない間に政さんの事、やっぱり許婚だと認めてたんだ・・・》
雪江自身、約1ヶ月前に政の入院先であるこの病院を知ってから、毎日の様に訪ねてきていたが、いつも会わずに花束を病室の前に置いてきていた。
会わす顔が無い。
その気持ちが強かったからだ・・・。
雪江が父親から政との結婚を告げられたのは、中学二年の正月に、付き合いのある他の組長達が集まり新年会をしている最中の事だった。
部屋に居た雪江は、母親に呼ばれ晴れ着を着せられ、そして、連れて行かれた先には、羽織り袴を着た父親と、少し年齢は離れているが、実の兄より兄の様に慕う政が同じく羽織り袴で座っていた。
内容を既に知らされているのか、表情は複雑で硬い。
雪江が政の横に座ると、父親が集まっている親分衆に、河内稲美組の若頭・政こと柳沢政人と実娘・雪江の婚約と、二人の結婚を機に跡目を政に譲る事を発表した。
雪江は驚いたが、もちろん拒否する事も出来ず、只々、頭を垂れるしかない。
その場で婚約と跡目は、親分衆により承認された。
雪江の心中は、もちろん穏やかではなく、お披露目の後、母親に抗議した。
政との結婚ではなく、事前に知らしてくれなかった事に・・・。