ep.018 グラジオラスの花言葉
博愛会・富田森記念病院のロビーで稲美雪江がため息を吐きながら、時間が過ぎるのを待っていた。
横には白いグラジオラスの花束が置いてある。
どうやら誰かの見舞いに来ている様だ。
雪江は目の前に人影を感じ、視線を移すと同じ聖クリの生徒が立っていた。
《この人、確か、電車が同じ先輩・・・。しかも学園の有名人の一人・・・》
その先輩の有名人が、にっこり笑って、手に持っていた午後の紅茶ロイヤル・ミルクティーを差し出す。
「たまに、挨拶してくれるよね?」
「!?」
聖クリでは、上下関係がしっかりしており、顔見知りで有ろうが無かろうが、登下校時に先輩と認めたならば、挨拶する習慣があるのだ。
雪江は、差し出されたミルクティーを受け取る。
「失礼ですが・・・」
雪江も、相手が学園の有名人である事は知っていても、名前までは記憶にない。
いや興味が無かったと言うべきか・・・。
「ぁ~、ぃきなりでびっくりしたよね。ゴメンなさぃ。ァタシは瑠奈、鳩村瑠奈」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
雪江がどう返答しようか迷っている。
「グラジォラス、綺麗だよね~。花言葉は、確か・・・、忍び逢い、思い出」
瑠奈の何気なく言った花言葉に、雪江は思わずドキっとした。
「誰かのぉ見舞ぃ?ァタシもなんだっ・・・」
そう言って、鞄の横に置いてあったデパートの包装紙に包まれた菜の花を取ってきて、雪江に見せた。
「でも、ァタシん家、裕福じゃなぃから、ぃつも途中の河原で摘んでくるの」
裕福な家庭の子が多い聖クリにおいて、瑠奈の自分で摘んで持ってくる行動は雪江には新鮮に思えた。
《この先輩も、どこかのお嬢さまだと思っていたけど、違うんだ・・・》
「ァナタ、ぉ名前は?」
「1年B組、稲美雪江です」
雪江は、名乗って頭を下げた。
「どんな字を書くの?」
「稲が美しいで稲美、雪の降る江で雪江です」
瑠奈は首を傾げ、指で空中に線を三本引く。
「川?」
雪江は、首を横に振り、空中に指で書く。
「さんずいにエの江です」
理解した瑠奈は、
「ぁ~、揚子江の江ね、やっと理解った」
と笑う。
苦労をした果てに掴んだ無垢の笑顔で・・・。