ep.175 紅い瞳、悪い予感、そして、つねられた頬っぺた
カチャリ。
蝋のように白く長い指が、銀のフォークとナイフをマイセンの皿の上に静かに置いた。
どうやらそこは特別誂えの部屋の様で、空気すらもピンと張り詰めていた。
皿の上にはレアに焼かれているやたら脂身の多い肉が、まだ半分以上残っている。
何の肉だろうか?
『もう、いいわ。下げてくれる?』
ロシア語?と思われる言葉でそう言い放った女は、腰まである見事なブロンドを持つ白人女性であった。
その瞳は、血のように紅い。
グラスの赤ワイン・・・、いや、赤ワインよりもドロリとした液体を飲み干すと、妖しく微笑み、
『ほぅ、何やら下が騒がしく・・・』
下りエレベーターの中で壱野は、珍しくイラつきながら、
《ホンマ、あの岸田は使えんな。下でゴタゴタの連絡あっても、全く動かんし》
ジャケットの内ポケットから、マルボロ・メンソールを取り出すと軽く落胆した。
《何だ、空か・・・。らしくねぇ。そうだ、こんな時ってのは、昔からそうだよな・・・、嫌な事が・・・》
そんな気の進まない壱野を載せ、エレベーターは無慈悲にもロビーを目指す。
片や隣のエレベーターでは、妙にニコニコした藍と、やや欲求不満な桜子が最上階に向かっていた。
瑠奈とベスに指示を出し終えた桜子は、軽くため息を吐き、
「さっきは助かったわ、藍。ありがと。でもまた、“晴明”を使ったでしょ?」
どうやら、桜子は藍に憑依する平安最大最強の陰陽師“安倍晴明”を、技か何かだと思っているらしい・・・。
藍は、そんな事は全く気にせずに、ニッコリ笑うと、
「それはよろしおましたなぁ。“晴明”ちゃんも、力になれて良かった言うてます」
「???まぁ、いいわ。気を引き締めて行くわよ」
そう言って桜子が気合いを入れ直した時である。
サワ。
サワサワ。
桜子は顔を真っ赤にし、
「ち、ちょっと、藍。何するのよ!」
桜子は、藍の左手を捕まえる。
藍が、桜子の尻を撫でていたのだ。
藍は全く悪びれた様子は無く、にばぁと笑い、
「へえ、“晴明”ちゃんは、報酬ゆーてます。『桜子は尻じゃ』って。なんでも、桜子ちゃんは、世に稀に見る“美尻”らしいどす。胸は“残念さん”らしいどすけど・・・」
数秒後、桜子に藍が頬っぺたを思い切りつねられたのは、言うまでもない・・・。