ep.159 ええパンチ持ってるがな
山崎は両腕に渾身の力を込めると、瞬間的にそのまま仁と智巳を持ち上げ、空中で二人の頭をぶつけた。
仁と智巳は、衝撃と痛みで呻き声を上げ、頭を抱える。
そのまま山崎は、唖然とする礼司のボディに、強烈な左拳を叩きつけた。
礼司は腹を抱えたまま、膝から崩れ落ちる。
睨みつける礼司に、山崎はしゃがみ込む。
殴られたにもかかわらず諭す様に、
「坊や、パンチは正確でスピードもいい。だがな、お前さんの拳には致命的な弱点がある」
礼司は歯を食いしばり、
「何っ!」
山崎は、フッとため息を漏らし、
「パンチがな、軽いんや。ヤンキーやチンピラには通用したかも知れへんけど、ほんまもんのヤクザには無理や。せめて身体を、あと二回り大きくし。ほな、すまんが俺は行くわ」
山崎は、エレベーターに向かう。
仁と智巳が追いかけようとするが、礼司が止めた。
「止めとけ、俺らのかなう相手やない。そんな事して、兄貴に恥かかしたくない・・・」
完敗だった。
礼司の目に涙が宿る。
《次は負けねぇ・・・》
山崎は、エレベーターに乗り込み、9階のボタンを押した。
扉が閉まるなりエレベーターの壁にもたれかかる。
思わず呟いた。
「へへっ、ああは言ってみたが、あの坊や結構ええパンチ持ってるがな。政さん、いつの間にあんな舎弟を・・・。こんな時期じゃなかったら、あんな坊やなら鍛えてみかったな・・・」
深夜にも関わらず905号室から笑い声が聞こえる。
トメさんが政の部屋に満腹堂のよもぎ大福を持って遊びに来ていた。
「しかし、そうなんですかトメさん。お嬢さんのトコにそんなにお友達が・・・」
「そうなんだよ、政さん。あたしゃ、びっくりしちまったよ。学校の生徒会長さんやら、金髪の外人さん、終いにゃあ、この前のテレビのバレーボールの試合中継に出ていた女の子までいるんだから・・・、せっかくだから看護婦さんに記念に写真撮ってもらったけど、若いってのはいいもんだね。華々しくってさ。先代が生きていた頃は、家の中は若いモンが沢山いたから、ご飯も作りがいがあったのにねぇ・・・」
トメさんは、少し遠い目をして外を眺めた。
政は黙り込み、一言だけ漏らす。
「トメさん。すいません、俺が不甲斐無いばっかりに・・・」
「あら、嫌だ。気にしないでおくれよ、政さん」
トメは少し慌てた。
そんな時である扉がノックされ、政に聞き覚えがあり懐かしい声が聞こえる。
「政さん、夜分すまない・・・。俺だ。山崎だ」