ep.156 不細工なウサギのぬいぐるみの名は、晴明
ベスが玄関でブーツに足を通した刹那、背後に気配を感じ振り返る。
藍が、実家の老舗料亭旅館・“佐津眞”の浴衣を着て、左腕に不細工なウサギのぬいぐるみを抱え立っていた。
首を傾げ、にぱぁと笑い、
「お出かけどすか?ベスちゃん?」
ベスは少しだけ動揺し、
「ええ、ちょっと気分転換にひとっ走りして、帰りにコンビニに行ってこようかと・・・、藍はこんな時間にどうしたの?」
「ウチどすか?寮に張ってる決界が振動したんで、晴明ちゃんに起こされたんどす?」
「晴明・・・ちゃん?決界?」
藍は、抱きしめてる不細工なウサギのぬいぐるみを見せ、
「へえ、コレが晴明ちゃんどす」
そして、ぬいぐるみをプルプルさせ、全く口を閉じる事もなく、本人は腹話術をしているつもりで、少ししわがれた声をだし、
「やぁ、お嬢さん。ワシが晴明じゃ。仲良くしてたも~」
ベスはクスッと笑うと、右手でぬいぐるみの右手を掴み、
「よろしくね、晴明ちゃん」
「うむ、こちらこそ。決界の振動が主で良かった。気をつけて行かれよ、異国のヒト」
藍は、相変わらずしわがれた口調で話し、ぬいぐるみをプルプルさせている。
ベスはクスッと笑い、
「じゃあ、アタシ行くわ。お休みなさい、藍」
藍はいつもの京都弁に戻って、ペコリと頭を下げ、
「へえ、ウチは寝るよし、ベスちゃんは気ーつけえ。ほな、お休みなさい」
ベスは頷くと、寮の扉を開け出ていった。
残された藍は、少し上を向き何もない空間に語りかける。
「晴明ちゃん、ベスでよろしおしたなぁ~」
安部晴明が心に話かけてくる。
『ほんに、ほんに。しかし、藍よ、そのぬいぐるみは、ちぃーともワシ似ておらんのだが・・・』
『いやいや、案外似てるぜよ、晴明じーさん。性格の悪い所とかがぜよ』
『そうそう、見た目ではなく性格の悪い所って・・・、コラ!以蔵、何を!今日という今日は・・・』
『ひーっ、助平じじいが怒ったぜよ~』
『誰が助平じじいじゃ、待てこの若造がぁ~』
もし霊力のある者がここにいれば、火の玉の追い掛けあいを見ることが出来たはずである。
藍は、また空間に語り掛ける。
「さて、写楽ちゃん、明里ちゃん、小督ちゃん、男はんはほっといて、ウチらは寝るえ。明日は、何かしらお力を借りなあかんと思うよし」
『そうですね、そのほうが』
『ほんに』
『ええ』
藍は、扉に背を向け、桜子とこころが眠る部屋に戻って行った。