ep.147 痛みの記憶
暗闇の中で何かがうごめく。
男だ。
稲美雪江が桜子達の住む聖マリア寮で深い眠りに着いていた頃、兄・裕一は誰もいない自宅のリビングでうなされていた。
顔は相変わらず腫れている。
《痛てえ、顔が火傷したみてえに痛てえや・・・》
ザザザッと裕一の頭に、ノイズが走る。
《そういや、遠い遠い昔、顔を叩かれた事があったな・・・。俺が好き嫌いや悪戯すると、俺が子供なのに容赦なく父ちゃんのビンタが飛んできたっけ・・・。母ちゃんは、そん度、身を持って庇ってくれたよな、『まだ子供なんだから』って・・・、え・・・?》
《俺は、両親には叩かれた事は無いはずなのに・・・。いや、でも・・・、叩かれた。『ガキだからって、甘やかしちゃなんねえ』って、怖かったな・・・、え?誰が怖かった?父ちゃん・・・?》
《叩かれた事がないのに怖い?いや、確かに叩かれた?どっちだ・・・》
《ちっちゃかった俺に『裕一』と呼びかけるあの綺麗な女は?俺は知ってる気がする・・・。忘れてはいけない大事な・・・》
《泣いてる・・・、綺麗な女が泣いてる・・・、『あのヒトが逝ってしまった・・・』って・・・》
《『二人っきりで静かに生きていこう』綺麗な女は、そんな事も言ってたっけ・・・。でも何で・・・?》
《俺が泣くと、綺麗な女はクマのぬいぐるみを見せて、『クマちゃんに笑われるよ、裕一』って・・・、そう言っては、抱きしめてくれたっけ・・・。え?でも、ナゼ、抱き・シ・メ・ル?》
《綺麗な女はベッドに横たわり、泣きながら俺に語りかけてもいたな、『裕一・・・、ゴメンね・・・、ゴメンね・・・、ゴメンね・・・。ママ、これからずっと傍にいてあげれなくってゴメンね・・・』。え!!!ママ?ママ!?ママ!!!》
《そうだ、『今日から裕一は、俺の事をお父ちゃん。この小雪の事をお母ちゃんと呼ぶんだぜ』って、そう言ってこの家に連れて来られたんだ・・・。クマのぬいぐるみだけを持って・・・。でも、さっき自分自身をママと呼んだ綺麗な女は、一緒じゃなかった・・・。俺は連れて来られた?俺は、稲美裕一じゃ・・・ない?だとしたら・・・、俺は・・・?、俺は誰・・・?誰なんだーーーーー?》
暗闇の中で、裕一の絶叫が響き、そして、またノイズが裕一の頭に走った。