ep.143 立場が全然違いますわ
ベンツの中では、八代亜紀が流れているので壱野はご機嫌だ。
「しみじみぃ呑めばぁ~♪」
壱野は岸田の脚の事など全く気にする事無く、“舟歌”を熱唱しながらステアリングを握っていた。
本来ならば、格上の岸田に気を付けるべきなのだろうが、壱野自身は“河内稲美会”の人間ではない。
表向きは姫路の“姫路不動組”より行儀見習いという名目で“河内稲美会”に居ているだけなので、はっきり言って全く岸田の事などどうでも良いってのが、壱野の本音であった。
壱野の本当の目的は、“姫路不動組”の組長・飯本より指示された出来るだけ“河内稲美会”の構成員を引き抜く事である。
実際、壱野は金にモノを言わせ、山崎派以外の弟分を、ほぼ全て自分の息の掛かった構成員にする事に成功していた。
もちろん、岸田はその事実を知らない。
また、政こと柳沢の舎弟達は、政失踪の折に岸田により粛清されていた。
岸田は相変わらずイライラしながら、ラークに火を着け、
「おい、壱野。その歌、どうかなれへんのけ?」
壱野は、はぁ?と言った表情で、
「お嫌いですか?八代亜紀?“姫路不動組”の組長さんが大好きなんですよ。今度、幹部集めてカラオケ大会するんで、練習しとかんとヤバいんです。歌えんかったら、指詰めもんですわ」
岸田は、ぶはっと煙を吐きだし、
「俺、聞いてへんで、そのカラオケ大会」
「くっくっく、そりゃそうですよ、補佐。アンタは、ウチの身内じゃないですから」
岸田は、むっとして、
「確かに、身内やないけど・・・、昔からの悪友や、同格やんけ」
壱野は馬鹿にした様に、
「補佐、勘違いしちゃいけません。昔は悪友だったかもしれませんが、今は組長も上部組織・“播州田嶋組”の幹部ですからね。立場が全然違いますわ。何やったら、私から組長に言っておきましょうか?カラオケ大会出たいって。くっくっく」
岸田は、ラークを揉み消すと、
「もーええわ、気ー悪い。それから、さっきから後ろから、呻き声聞こえんねんけど、誰か拉致ったんか?」