ep.141 よろしく、ペンダントさん、指輪さん
「ふふっ、そういう事か」
ベスは自室の椅子に座っており、目を閉じ、左耳にブレスレットをあて、囁く。
後ろで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番が流れている。
ベスの大好きな曲だ。
目の前には、30分も前に煎れたのにもかかわらず、まだ冷めない紅茶が良い香りを漂わせている。
《もうそろそろかな?》
ベスがくるりと椅子を回すと、同時にドアが開いた。
ベスはいろんな意味を込め、
「お帰りなさい、皐月。大変だったでしょ?」
皐月は、『ただいま、ベス』と告げ、部屋に入る。
自身の椅子に座り、脚を組むと、深くため息を吐き、
「ええ、ご推測の通り。みんなとの話し合いが終わったら、すぐ飛ぶわ。札幌に・・・。と言っても、明日の朝一番には帰るんだけどね」
皐月は、情報屋・徳野と会った姿ではなく、兄・睦月の部屋で着替えたので、ジーンズにDIESELのTシャツといったラフな格好である。
「ワォ、北海道?そんな所まで行くんだ。大阪に比べて、まだ寒いわね」
皐月は少し遠い目をして、
「そうね、この時期はまだ寒いかも・・・」
ベスは少し驚くと、
「あら、皐月は北海道に行った事があるの?」
「ん?少しね。あっ、アタシも紅茶もらっていい?」
「うん」
ベスは棚から皐月のマグカップを取り出すと、ティーポットからなみなみと紅茶を注いだ。
もちろん、不思議と熱々の紅茶である。
皐月は、『ありがと』と言ってマグカップを受け取り、一口啜ると、
「こんなとんぼ返りじゃなく、プライベートな旅行で行きたいわね、北海道」
ベスも大いに頷き、
「いいわね~。アタシも北海道はまだ行った事ないから、そのうち行ってみたいわ。でも、ジンギスカンくらいは、食べてくるんでしょ?」
「それくらいはね」
皐月は、鞄から“るるぶ・北海道食べまくりの旅”を取り出して見せる。
ベスは、大笑いして、
「キャハハ、やっぱり、皐月は抜目ないわ。時間があったら、お土産よろしくね」
「時間があったらね」
皐月は、不敵に笑った。
ベスは机の引き出しから、何かを取り出す。
水晶を飾ったペンダントと指輪だ。
「これを身に付けて行って、必ず皐月を助けるから」
「えっ?アタシに?ありがとう」
皐月が、ペンダントと指輪の水晶を光に翳して見ると、ペンダントには見る角度によって炎が、指輪には氷の結晶が写っている様に見えた。
ベスはブレスレットを耳にあて、椅子からまた立ち上がると、
「そろそろ、皆んな帰って来るみたい。アタシは玄関に向かえに行ってくるわ。皐月は、北海道に行く準備してていいよ」
皐月は大きく延びをすると、
「うん、遠慮なくそうさせてもらうわ」
残された皐月は、早速ペンダントと指輪を身に着け、囁く。
「よろしく、ペンダントさん、指輪さん」
皐月は気付かなかったが、ペンダントと指輪が応える様に小さく妖しい光を放った。