ep.130 牛乳と緑茶
藍達が出発した丁度その頃、一台のバイクがコンビニの袋を左ハンドルに引っ掻けて富田森記念病院の駐車場に入ってきた。
桜子の運転するワシオ・サクラ1300である。
まだ仲間は到着していない様だ。
車の駐車スペースの右側にバイクを停め、ヘルメットを脱ぐ。
背中まである髪を軽く手櫛で直していると、馴染みあるエキゾースト・ノイズが聞こえてきた。
《来たわね・・・》
桜子が駐車場の入口に目をやると、こころの愛車が入ってくる。
北米仕様のヤマハ・V-Maxだ。
桜子が軽く左手を上げると、こころは左手を大きくブンブン振る。
しかも、ヘルメットの中で大きく“桜子~”と呼ぶおまけ付きで。
こころはヘルメットのバイザーを上げ、
「ちゃー、思ったより時間がかかったとよ。待ちよったね?」
桜子は首を横に振り、
「ううん。アタシも、さっき着いたトコ。こころ、喉渇いたでしょ?」
そう言って、コンビニ袋から1リットルパックの牛乳とストローを差し出す。
こころは、ヘルメットを脱ぐと、牛乳パックだけ受け取った。
封を開け、一気にごっきゅんごっきゅんと飲む。
「ぷはぁ。く~ぅ、やっぱ冷えた牛乳は最高とよ!」
桜子は、《いつもの事ながら、男前な飲み方ね》と感心し、
「こころ、アナタ、本当にミルクが大好きなのね」
こころは大きく頷き、
「ウチは牛乳愛しとるとよ。桜子も飲むと?」
桜子は首を横に振り、
「ううん。アタシはコレ」
コンビニ袋から、伊右衛門を取り出す。
「桜子は、お茶が好きったいね~」
桜子は微笑み、
「うん。亡くなったお母様の実家が、静岡でお茶作ってるからね」
「なんね、ウチが牛乳ば好きなんと似たような理由ね?」
「こころも?似たような理由?」
こころはうんと頷き、少し遠い目で、
「ウチの場合は、博多のちびっこ園の前に置かれてた時に、篭の中に手紙と牛乳が三本入っていたとよ。だから、牛乳ば飲みつづけて、有名になったら、母ちゃんに会えそうな気になると思っとるたい」
「それで・・・。ゴメンね、思い出させちゃって」
こころは、ニィっと笑い、
「気にする事なかよ。思い出させたのは、ウチも同じとよ」
桜子は、感心する。
《あぁ、この娘は、それでどこまでも強く優しいんだ・・・。かなわないなぁ》
一方こころも、
《ちゃー、悪い事したったい。亡くした母ちゃんの事ば、思い出さしてしまったとよ。その事を気にせず、ウチに気を使う桜子は、やっぱ凄かね~》
二人は顔を見合わせると、同時にハモる。
「アナタには、かなわないわ」
「アンタには、かなわんとよ」
台詞がシンクロしたのが面白いのか、二人はぷっと吹くと、笑いあった。
春、五月。
風は心地好く、どこまでも二人に優しい・・・。