ep.112 義理の世界に生きる人間
大阪府河内長原市の郊外にある歓真寺の駐車場に、数台の黒塗りの車が停まっていた。
中には山崎のレクサスも在る。
山崎は墓地へ続く階段を上がりながら、一時間程前、嫁の美沙と交わした会話を思い出していた。
「すまん、美沙。いきなり金を用意してくれなんて言って・・・」
山崎は自宅のリビングで、嫁の美沙に頭を下げた。
「何言ってるの、アンタ。これでも仮に、ウチ、ヤクザの女房やで・・・。アンタのあんな悲痛な声聞いたら、せなアカンやん」
大きいお腹を揺らしながらも、心配かけまいと笑う。
「全部で幾らある?」
美沙は、少し悪態を付き、
「とりあえず、現金で1000万円は用意出来たわ。今日は土曜日やし、窓口閉まってるし、大変やってんよ。月曜やったら、あと1000万は用意出来たんやけどね・・・」
山崎は、もう一度頭を下げ、
「ホンマすまん。美沙、急やけど、コレ持って黙って吉野の実家帰ってくれ」
山崎は、美沙に100万円の束を三つ渡す。
美沙は動揺し、
「アンタ、ウチと別れる言うんか?」
「アホっ、違うねん。違うんや。ココおったら危なくなるねん。せやから、実家で安心して赤ん坊産んでくれ。落ち着いたら、俺。絶対迎えに行くから・・・。もし、万が一、俺以外の誰かから連絡あっても信用するな。何があっても、知らんと言うてくれ・・・」
美沙は、顔を真っ青にし、
「アンタ。今回、そんなにヤバいんか?」
山崎は、苦虫を噛み潰した様な面持ちで、
「ああ、ヘタしたら抗争になる。しかも、身内同士の・・・」
美沙は、山崎に抱き着き泣いた。
「嫌や、嫌。ウチ、アンタと一緒におる!」
山崎は、美沙を身体から引き離し、頬を叩いた。
鋭い音がリビングに響く。
「アホっ!お前、妊婦やろがっ!腹のガキどないすんねん」
「うっ・・・、くっ・・・」
山崎は限りなく優しい口調で、
「あんな、美沙。俺もお前とずっと一緒に居たいわ。惚れた女やからな」
美沙は、溢れ出す涙を止める事が出来ず。
「そっ、そやったら何で・・・?アンタ」
「俺は義理の世界に生きてる人間や。詳しくは言えへんけど、今回ばかりは、義理を通さなアカンねん。そやないと、俺が俺で無くなってしまう・・・。少なくとも、ヤクザやってても、人間としては胸の張れる男やったと、言われたいんや。理解ってくれ、美沙!」