ep.010 涙
直子も立ち上がり、こころ同様に頭を下げた。
「こころ先輩、マリさんて、聖クリの卒業生なんですか?」
「うん。ウチも最近知ったったい。なんでも8年ほど前の卒業やったとよ。んでね、直子、ウチの担任の朋ちゃん知っとっと?」
「こころ先輩の担任って、英語の緒川先生ですよね?」
「うん。朋ちゃんも聖クリの卒業生で、マリちゃんと同級生やったとよ。それはともかく、直子、ここは一つ食べるったい」
こころは、フォークを持ち、苺のショートケーキを見詰めた。
目が怪しく光る。
「いただきまーす」
掛け声と共にこころは器用に三分の一をフォークに取ると、これでもかと思わせるくらい口を開け、パクリと頬張る。
こころの頬っぺたは、胡桃の実を頬張るシマリスの様に膨らむ。
直子は呆気に取られるが、ぷっと笑い、
「アタシも負けませんよ」
と豪快なこころの真似をした。
こころは直子を見て頷き、ケーキを飲み込む。
そして、オレンジジュースを啜り、
「美味か~」
と幸せな表情に破顔した。
こころは、今度は水を一口含み、飲み干すと真顔になり、
「練習でみぃにキツか当たられたから、凹みよるって思いよったけど、どうやら違うったいね」
直子の顔に緊張が走る。
表情を読み取ったこころは、
「さっき言いよった、雪江のお兄さん、それが関係あるんじゃなかね?」
直子は完全に沈黙し、手を止めるとぽろぽろと泣き出す。
「直子、どうしたねっ」
驚くこころに、泣き顔の直子は、
「こころ先輩、あっ、アタシ、アタシ、何をどうしていいのか」
と漏らすと、うわーんとテーブルに突っ伏してしまった。
こころは直子の横に座ると、右手を直子の肩に回し、ゆっくり身体を起した。
「なんね。直子、可愛い顔が台なしったい」
と、スカートのポケットから取り出すと直子の顔を拭いてやる。
安心した直子は、
「先輩っ・・・」
とだけ言うと、こころの胸に顔を埋め、また泣き出した。
こころは軽くため息を吐くと、直子の髪を優しく撫でてやる。
「好きなだけ泣いたらええ。何があっても、ウチが直子を護ってやるったい。安心してよかよ」
この一言が、直子の心の呪縛を解き放ち、気持ちを正常に戻させた。
勇気付けられた直子は、愚図つく顔を上げ、
「先輩、聞いてもらいたい事があります」
と真っ直ぐにこころを見る。
迷いはもう無かった。