ep.001 遺書(1枚目)
前略
直子がこの手紙を読む頃には、多分、大騒ぎになっていると思います。
ごめんなさい。
直子にもすごくすごく迷惑を掛ける事になると思うけど、どうか許してね。
正直、すごく迷いました。
いいえ、これから私がする事には、一欠けらも迷いはないの。
もっと早くに、こうするべきだったとさえ思います。
私が迷っているのは、あなたにこの手紙をしたためる事です。
これから起こる事は少しも怖くないけど、あなたに嫌われるのだけはすごく怖い・・・。
でもね、このままあなたが何も知らないままだったら・・・、優しいあなたの事だから、自分の責任だと思い込み、ずっとずっと自分を責め続ける事でしょう。
それだけはいけないと思うので、辛いけど、私は全てを話します。
直子もご存知の通り、私の家は特殊な家庭です。
常にただっ広い家には、ガラの悪い風体の男衆がウロウロしてて、そこかしこに“任侠”だの“仁義”だの立派な文字が貼ってるのに、やってる事は・・・。
うちの事情は近所でも学校でも有名で、私と友達になってくれる子は誰もいなくて、私はいつも一人ぼっちでした。
私はこの家が大嫌いだった。
何故こんな家に生まれてしまったの?
うちは何故よそのお家と違うの?
子供の時からずっと思ってました。
私は家と両親を怨まずにはいられなかった・・・。
でもね、直子、私はそれでもまだ幸せだったみたい・・・。
中学3年の初夏、抗争で両親が死んで、あいつが父が生前決めていた組の跡目を追い出し、自分におべっかを使う下っ端ばかりを束ねて、跡目を名乗ってからが本当の地獄だった。
夏休みに入ったその日、私は睡眠薬を飲まされ、アイツに犯されたの、実の兄に・・・。
目覚めた時の絶望感と恐怖と屈辱は、一生忘れられない・・・。
でも、その一回だけではないの。
今でもあいつが欲情すれば、私は好きな時に犯されます。
あいつの目の前にいるときは、私は下着を着ける事を許されません。
抱くのに不便だからだそうです。
そんな事を強要する変態が、兄だなんて・・・。
私、あんな男と血を分けた自分が汚くて汚くて、お風呂に入った時にいつまでもいつまでも身体をこすったりしてたの、少しでもきれいな身体だった自分に戻りたくって・・・。
あの男はケダモノよ。
いいえ、それ以下の鬼畜よ。
直子、あなたはうちの家業を充分に知っていたのに、私に普通に話し掛けてくれた。
本当はすごく嬉しかったの。
でも私は横を向いて、「私に下手な事言うと、怖いお兄さんが出て来るって噂知らないの?」と吐き捨てるように言ってしまった・・・。
あの時は本当にごめんなさい。
自分が一生得る事など出来ないと、物心が付いた時から諦めていたものを、笑顔で差し出してくれるあなたが信じられなかった・・・。
怖かったの・・・。
得れると喜んでいて、得れなかった時の失望がどれだけ大きいか知っていたから・・・。
そんな弱虫でつっけんどな私に、あなたはあっけらかんと、「そりゃあ、怖いお兄さんは怖いわ。でも、あなたは怖くないでしょ?」そう言った時、私はポカーンと口を開けた後、思わず大笑いしてしまった。
お腹が痛くなるまで笑うなんて、生まれてはじめての事だった。