8話 前夜
全員が寝静まった夜に1人のそのそと起き上がるものがいた、エリオスである。正しい位置に戻した鼻がまだ痛むのかしきりにさすっているが微妙な違和感や痛みはそう簡単に消えるものではない、諦めたのか後ろで手を組み寝転がる。
「なんで、あんなこと言ったかな……?」
エリオスは過去を簡単には語らない、そんなことをしてもかけられるのは哀れみと同情の視線や言葉だけであり、自分が負けたという事実をいやでも認めることになるからだ。語ったことがあるものを数えても片手でことたりる。
それが少しとはいえ、ほぼ初対面と言ってもよく、更には自身の現状に甘えているあの男に語ったことが自分でもよくわからないのだ。
「……似てるからだろ。かつての貴様に。」
自身の独り言に対する応答が暗闇の中から聞こえてきた。
「起こしちまったか?」
「気にするな、たまたま目が覚めただけだ。」
エリオスの隣に座り、なんでもかったように装う。
「それで、俺とあいつが似てる?どこがだよ?」
「今ではなく、かつての貴様にだがな。俺様と初めて会った時の腑抜けた軟弱野郎そのままだ。」
「言い過ぎだろ…」と言いつつも否定しきれない部分があるのかエリオスは答える。
「あの時は、自分の家を追い出されたばっかりで不貞腐れて物事をマイナスにしか考えられなかったからなぁ。ある意味、仕方ないだろ。それにお前、本気で殺しに来たじゃねぇか、そりゃこっちも色々戸惑うわ。」
「……昔の話だ。」
「話す時はきちんと相手の顔を見ようか?な?都合悪くなったからって露骨に目をそらすな。」
グググと無理矢理顔をこちらに向けようとするが抵抗されて思い通りにいかない。しばらくやってから根負けしたのか、シャルから手を離す。
「まぁ、おかげで少しはすっきりしたよ。ありがとな。」
「ふん、友が困っていたら力を貸してやるのは当然のことだ。」
お互い、拳を出し相手とぶつける。
「頼りにしてるからな。エリオス。」
「こっちこそ、相棒。」
……2人の会話の影で聞き耳を立てていた生臭坊主ことアルは自身の現状について考えていた。
かつては自身もあんな風に自信に満ち溢れ、まっすぐ突っ走ることができたはずなのにと。
いつからだ、人に救いの手をと考えて、ルミナスの神官になった時からか、それとも1人の少女が自分の部下として神官になった時からか、自分の人生が狂い始めたのは。
自身の部下の少女の才能や美貌に惚れ、気がつけば彼女だけしか目に映らなかった。彼女が提案したものは何でも行った。ある時は、人々を救う象徴を建てようと募金を行い、またある時は、満足に食事ができないもの達のために炊き出しを行ったりもした。
その結果、急に税が増えたために悲鳴をあげる信者達や教会の資産を勝手に使い込み司祭達に非難されたがそれでも自分はやめなかった。
全ては彼女がとびきりの笑顔で自分を褒めてくれるからだ。
ーーすごいです。さすがアル様です。これで皆さん救われますよ!ーー
ーー行動力のあるアル様は素敵です。私って、慎重に考えてしまっていつも行動できないのに。ーー
彼女が頑張ったら頑張った分だけ褒めてくれる、それに応えようと無理をしているうちに気がつけば神官をクビになり、多額の借金を抱えて奴隷に身を落とすことになった。
ここにきて、ようやく気付いたのだ。自分が彼女を思うその気持ちを利用され、彼女が神官になるために邪魔だった私を消したということに。
彼らを非難するのは私のようなものを生み出さないようにするという考えてからきていたのだが、昨日エリオスと名乗る少年から聞いた話では彼らも私のように1人のせいで今まで積み重ねたものを消されていたのに諦めていなかった。
彼は思う、自身も彼らに協力するべきか否かを。
それぞれの思惑がある中、静かに夜は更けていく。
「チームを組んでみたからそれで脱出することにしたわよ。」
そう言って、聞かされた配置によるとエリオス、ウィル、シャルが率いる脱出チームとヴァルカン、スノーが率いる騒動チームに分けられた。
作戦の内容は、まず初めに暴動を起こす。教皇が視察に来ている中、みっともない真似を見させないように獣人達も含めた見張りを使って抑えようとするはずだ。そしたら、獣人達が見張っていたはずの通路を通って搬入口に向かう。おそらく馬車の世話をしているものがいるはずなのでそいつの無力化はエリオス達に任せて、ウィル情報によると門の開閉は見張り小屋からできるので残りの子供達に操作をお願いする。誰か1人でも逃げ切り、中の現状を伝えれば俺たちの勝利だ。
「後の残りの日数はチームで動く訓練と計画を煮詰めることに専念するか。反対のやつはいるか?ないならこれで…」
「ちょっと待て。」
エリオスが意見をまとめ、全員がその意見に賛成しようとした中、静止の声が上がる。発言したのはアルであった。
「……お前ら、馬鹿なのか。たかが子供の奴隷が言ったことを信じてもらえるとでも?」
「そこはボクかエリオスの家名を出せば通ると思うよ。何か問題でも?」
「今更、何言ってんだこいつ?」のような視線を浴びながらもアルはひかない、むしろ1歩前にでる。
「なら、搬入口の前にいるのが獣人だったらどうする。確実に勝てるのか?無理だな。数が多いとはいえたかだか1年、しかも1週間のうち行った日数はたかだか2、3日だけだ。そんな奴らが幾度の戦場を越えた歴戦の傭兵を前に勝てるとでも?」
「……だから諦めろとでも?ふざけたこと言ってんじゃあねぇぞ!今すぐここでテメェが信じてた神とやらの場所に送ってやろうか⁉︎」
「……落ち着け、ヴァルカン。悔しいけどあいつの言う通りだ。…それでもやるしかないんだここにずっといるくらいなら少しの可能性にかけてやるよ。あんたには言ったろ?俺、いや俺たちはここを出なきゃいけない理由がある。」
強い意思をたたえた目でアルをまっすぐ見るエリオス。ウィルやシャルも同じようにアルに目を向けている。それを見たアルは顔を片手で隠し、大きなため息をつく。
「分かった。分かった。お前らの意思の強さを認めるよ。それに免じて、かつて神官だった男から1つプレゼントをやる。」
「何だ、それは使えるものなのか?」
「あって困らないはずだ。エリオス、ウィル、シャル、お前らこっち来い。」
ちょいちょいと手招きをし呼ばれた3人は不思議そうな顔を浮かべそちらに向かう。アルは1回咳払いするとこう告げた。
「……切り札を授けてやるよ。残りの日数で使えるようにしとけ。」
各々に必要な日々を過ごし、ついに決行の日を迎える。