7話 理由
教皇が視察に来るまで半年を切ったエリオス達は見張りの目が緩い日を狙っては他の奴隷の子供達とともに日々鍛錬をしていた。
その中でも、格闘術に優れているものがエリオスと組手を行っていた。
周りを他の子供達が囲み、気になった大人達も遠目から気にしているようだ。
「よっしゃ、エリオス!この組手に勝ったら明日の労働俺の分までやってもらうぜ!覚悟しろよ。」
「余り調子にのるなよ。ヴァルカン、最近勝っているからって余裕こいてると足元すくわれるぞ。こんな風に!」
いうが早いか足払いをかけるが、ヴァルカンと呼ばれた少年は小さなジャンプでかわす。それを狙っていたのかすぐさま立ち上がり、左の後ろ回し蹴りが着地したばかりのヴァルカンを襲うが、
「甘ぇ!」
上体を反らして蹴りをかわす、自身の鼻先をかすめるがなんてことはないとばかりに攻撃直後の無防備なエリオスに向かっていく。
すぐさま体勢を立て直し、放たれた右の正拳を首を少し傾け回避し、すぐさま狙われた左の脇腹に対する蹴りには避けられないと判断し、右肘で防御する。
ゴゴン!と鈍い音がしながらも受けきり、カウンターのハイキックをかます。間一髪避けたヴァルカンだがすぐさま襲ってきた頭上からの衝撃にたたらを踏む。
カウンターのハイキックを避けられたエリオスが綺麗に伸びたその足で踵落としを決めたのだ。すぐさまバックステップで距離をとるが、先ほどのが効いたのか足が少しふらついている。
すぐさま近づき右の正拳、左の肘、右の中段蹴り、左の上段蹴りを放つエリオスに対し、右の正拳を左腕で受け流し、左肘を右腕でとめ、右の中段蹴りを身をよじることでかわし、上体そらしで左の上段蹴りを回避する。
「やっぱ、強いぜエリオス……だがこんなレベルは俺の国には山ほどいたぜ!」
軽くステップを踏み、前に出たヴァルカンにエリオスは蹴りを合わせる、
「おせぇ!」
地面に胸がつくほどの低く身をかがめたヴァルカンの頭上を蹴りが通り、そのまま放たれたアッパーカットをエリオスは身を後ろに引くことで躱そうとする、
「フェイントだ。」
かわされたその手でエリオスの髪を掴み、顔面に膝を叩き込む。鮮血が飛び散り、力が抜けた一瞬を狙いエリオスを1本背負いの要領で地面に叩きつけ、そのまま馬乗りになり追撃を仕掛けようとする。
「そこまでだ!エリオスから離れろヴァルカン。ウィルよ。治療を頼む。周りも、さっさと散れ!」
すんでのところでかけられた静止の言葉が聞こえたのか、ヴァルカンの拳はエリオスの顔の前で止まる。
「……なんで俺が戦う相手はどいつもこいつも顔面を狙うの?俺の顔が気に入らないのか?」
ふらふらと顔面血まみれで立ち上がったエリオスはウィルのもとに向かっていく、冗談を言える程にはまだ余裕があるようだ。その後、エリオスと代わるようにシャルが歩いてくる。
「ヴァルカン、貴様やり過ぎだぞ作戦決行の日までにエリオスが戦えなくて困るのは俺様達なんだからな、そこをよく考えろ。」
「いや、俺だって加減したからね?むしろ悪いのエリオスじゃね?だって、エリオスが弱すぎるのがいけなく…あだぁ!!」
エリオスを見下すような発言が気に入らなかったのかヴァルカンの頭上に拳骨を落とし、はあ、とため息をつく。
「剣を持ったあいつと戦ったことがないからそんな生意気なセリフが履けるんだな。ここを脱出したら剣を持ったあいつと戦ってみろ、評価が180度変わるぞ。」
まぁ、俺も似たようなもんだが……最後にそんなことを言ってその場を立ち去るシャル、残されたヴァルカンに1人の少女がちかづいてくる。
「シャルの言ってることは正論。それぞれ向き不向きがあるから、1つのことだけで判断するのは間違い。エリオスの立ち回りには剣を持った動き方のようなものがあるから、シャルの言う通り何だと思う。」
「えー、どいつもこいつもみんなエリオスの味方かよ。スノーだって思わねぇ?いくら剣が使えるからって肉弾戦が弱かったら意味ねぇじゃん。そこんとこどうなのよ?」
その質問にスノーと呼ばれた少女はただ淡々と自身の考えを述べていく。
「昔から、剣を持ったものに拳だけで勝つには3倍の実力が必要って言われてる。だから殴り合いがヴァルカンとほぼ同レベルってことは剣を持ったエリオスとヴァルカンの間には3倍の実力差があると思った方がいい。むしろシャルが言いたかったのは、余り自身の実力を過信しないようにだと思う。」
……基本的に馬鹿であるシャルがそこまで考えていたかは不明だが言いたいことは伝えたとばかりに満足気な顔を見て、いまいち納得はしないがまぁいいかと思いヴァルカンは立ち上がる。明日の労働がない分、身も心も軽やかだ。スノーとともに今日の夜をどう過ごそうかと仲良く会議しながらその場を立ち去っていった。
「はいはーい、じっとしててね、1、2、3でいくからね〜。行くよー。1、2、えいっ。」
ポキッといい音がし、曲がった鼻がもとに戻ったことを確認し、ぼろ布で血まみれの手を拭く。足元では「話が違う!1、2、3だったはずだ!」と言いながらゴロゴロと転げまわる男がいた。
その光景を見ていた1人の男は自身のでっぷりと膨らんだ腹を揺らしながら歩いてくる。
「……なぁお前ら、本当にこんなとこから逃げ出すつもりなのか?馬鹿じゃないのか⁉︎逃げられるわけないだろ!監視も強化された上に獣人傭兵団まで雇われてんだぞ!逃げようとしたら殺されるだけだ!奴らは依頼は完璧に果たすんだぞ!」
「あ、生臭坊主、君は参加しないんじゃなかったの?もしかして、気が変わった?今ならまだ参加可能だけど?」
「何故、そこまでして逃げようとする⁉︎獣人傭兵たちのおかげで昔よりかは秩序が保たれてるはずだろ?どうしてそんな無駄なことをする⁉︎」
でかい体をこれでもかと揺らし、声を荒げるがウィルはどこふく風とばかりに気にも止めない。代わりにようやく復活したエリオスがその質問に答える。
「……借りを返したい奴がいるからだよ。初めて敗北の苦渋を味わわされたあの男に。」
思い出したくもない過去を。
1人の少年に奪われた自分の人生を。
ーーお前のようなやつなどもう、家族とは思わん! さっさと荷物をまとめて出て行け!!ーー
ーー酷いですよ兄さん、彼に何をしたんですか⁉︎早く出て行って下さい!この家は私が継ぎますから!もう2度私達の前に姿を見せないで下さい!ーー
全てに負け、全てを失ったあの日を。
地に伏せてる自分を嘲笑っているかのように立つあの男を。
エリオスは1度も忘れたことはない。
「俺の目的はただ一つ、あの男を倒すこと。……ただそれだけだ。」
それがエリオスがここから逃げ出そうとする原動力であり、唯一無二の理由なのだ。