6話 教育
以前のように3人だけで相談していては疑われると考えたエリオス達はある作戦を立てた。
「ずばり、他のやつらに武術や計算なんか俺たちが中心となって教えてやるんだ。これなら俺たちが固まっていても怪しまれないし、何をしてるか聞かれても体を鍛えてますで通じるだろ?」
いい考えじゃねとばかりに笑うエリオスだが2人の顔は複雑そうだ。
「見張りが誰かにもよるよね、それ。兎の人や猫ならそこまで気にしないと思うけどボク達が固まってるのを見て、無条件に殴る豚とかはアウトだよね。」
「使える駒を増やすにはいい案かもしれんが長期的な計画になるぞ。親父もいってたが新入りがまともに使えるようになるまで数年はかかると言っていた。こんなところにあと数年もいたくないんだが……」
その計画にいまいち乗り気ではない2人、それもそのはず、次の脱出に失敗した場合未遂だが彼らのせいで2人の労働力を逃しているのだ、見張り達のサンドバッグ扱いでは済まなくなる。
そのことを考え尻込みする2人にエリオスは1つの事実を2人に告げた。
「1年だ。1年待てばでかいチャンスが回ってくる。」
「どういうことだ?今から1年後に神様がチャンスでもくれるのか?」
「言ってたのは、その使いの神官様だけどな。」
「ああ、初対面でいきなりボクに色目を使って来た生臭坊主のことか。断ったらなんかやけに噛み付いてきた彼から良く聞き出せたね。」
「交換条件として、ウィルの下着をやるって言って聞き出した。ちなみにお前のには手を出してないからな
そこらへんにあった下着を渡しただけだ。」
どうやら、ルミナスから来た神官らしくここの責任者と顔見知りだったみたいで女々しく泣きついていたのは記憶に新しい。彼のおかげでエリオス達はここがルミナスの管理している場所であることと1年後にルミナスのトップ、教皇が視察に来ることを知り、そこを狙うことにした。
「まぁ、欲を言えばあのおっさんも引き入れたいとこだけどな色々とここの情報が欲しい。」
「それは後で考えるとしてやれるだけやってみよっか。もう、失うものなんて命くらいしかないし。」
「同感だな。期限がわかるとやる気が湧いて来るもんだ。必ず成功させるぞ。」
3人は手を出し重ね合わせる、想いを重ねるように。
「もう、負けない。いいな次こそは成功させるぞ!」
「「おう(ええ)!」
重ねた手を空高く掲げ、決意を固める。必ず成功させると。
「……くだらなねぇな、どんなに頑張ったところで無駄なものは無駄なんだよ。そんなことに気づかないなんてまだ、餓鬼だな。」
1人の男が愚痴るように呟いたその声は、誰にも聞かれることなく静かに流れていった。
〜半年後〜
今日1日の仕事を終え、見張り小屋にたどり着いた狼男は設置されたシャワー浴び体を拭くのも程々にアークラインで最近開発された『レイゾウコ』からキンキンに冷えたエールを取り出し、一気に煽る。ひとこごちついたのかこんな場所には似つかわしくない高級革のソファーにもたれかかり大きく息を吐く。それとほぼ同時に玄関を開ける音がした。首だけそちらに向け相手の姿を確認するとすぐさま立ち上がる。
そこにいたのは立派な鬣を生やし、数々の戦場を潜り抜けた証である多数の傷跡が見える。鍛えられた筋肉などからかはるかに巨大に見える男は豪快に笑うと座れと席に促す。
「リーダー⁉︎まだ交代の時間ではないはずですよ⁉︎何してらっしゃるんですか!」
「ふん、あの豚の新入りがくだらないことをやっていたのでな少しお灸をすえてやっただけだ。自身より弱いものをいじめて何が楽しい。漢なら強いやつらと闘うべきだと思わんか?ベイ?」
ベイと呼ばれた狼男は頭を抱える、貴方がそんなことをやるからあの豚はストレスを奴隷達にぶつけるのだと言いたいところだが理解できないだろうと考え、自分の中に仕舞っておく。だが、確かにと思う部分もある、あいつは入ってきたときから自分の力を過信していたが転身の儀を終えてからより酷くなった気がする。自分達の言うことは聞かないし、成長させる意味合いをこめて先にここに送り込んだが全く成長していなかった。
この仕事を終えたら、あいつクビにしようかなと真剣に検討し始めたところでリーダーの声で現実に引き戻される。
「ベイよ、最近奴隷達が丈夫になったと思わんか?以前なら豚に殴られたやつなど1週間は歩けなかったはずだが、今では次の日になんでもないように振舞っている。何があったんじゃ?」
ベイもそれを感じていた、最近、魔石の回収量が増えているのだ。兎から聞いたところによると以前、自分が捕らえた奴隷が中心となって何かをしているらしい。恐らくはそのせいだろうと考え、報告する。
「なるほどな、恐らく武術でも教えているのだろう。このことは上に報告しなくていい。儂等の間で処理しろ。」
何を馬鹿な⁉︎と言おうとしたベイは獅子の男からの言葉である口をつぐむ。
「良いではないか、良いではないか。3年前には儂は参加出来なかったからな、鍛えられた奴隷達がどこまでやれるか楽しみじゃわい。」
またもや豪快に笑いながら風呂場に向かうリーダーを見たベイはそういやこの方はこんな感じだったな今更になって思ったのだった。