第1話 笹木、面接する
◇2-C 放課後
不安がいっぱいの中、放課後が来てしまいました。
「よし、行くぞノア」
「あ、その前にアルバイト許可願い貰わないと…」
「あ?ああ…そんなのあったな」
『アルバイト許可願い』なる書類に必要事項を記入、学校に提出、許可証発行。
これが、アルバイトの許可をとる一連の流れです。これを一つでもすっぽかした暁には、停学確定です。
故に、履歴書がいらずとも油断はできないのです。面倒な話ですよ全く。
―5分後―
「無事貰えてよかったですねえ、許可証」
「…基本赤点ギリギリのお前がよく貰えたもんだな」
「失敬な!授業態度はバッチリですし、課題の提出はきちんとこなしました!」
先生は少し渋い顔をしていたような気がしますが、見なかったことにしましょう。
その点、ほりちゃんは成績優秀なのでいいですねえ…見習いたいところです色んな部分を。
「おい、なんで今アタシの体を舐めるように見た?」
「んえ!?いえ別に!?」
おっといけませんね、イイ体はついついじっくりと見てしまいます。
「そんなことより、そのホテルは学校から遠いですか?疲れるし、できればあんまり歩きたくないんですけど…」
「今からバイト先に挨拶に行くとは思えん意気込みだな…。心配しなくても、5分も掛からんよ」
「おお、なら問題ないですね」
…まあ、一番の心配は「女の子ならだれでも歓迎」な支配人の方なんですけどね。
◇シキシマグランドホテル 事務室
ちんたら歩いて5分、目的地に到着です。
「どうもっす」
「あら、堀部さんの娘さん。支配人は奥で待ってますよ」
「了解です。じゃ、また後で」
軽く経理の方に挨拶をするほりちゃん。成程、手慣れています。以前手伝いに来てだだけありますね。これは強力なコネと見て間違いないでしょう。
「ぼけっとしてんなよノア。支配人が待ってる」
「あ、はいはいただいま!」
「村野さん、優しい方だからそんなに緊張しないでね~」
背後から経理の方の温かい励ましが聞こえます。村野さん、というのが支配人の名前でしょうか?
なんにせよ、頑張るしかありません。
◇シキシマグランドホテル 面談室
「ういっす支配人。連れてきましたよ」
親し気に挨拶するほりちゃん。いつの間にか連絡を取っていたようです。用意周到ですねえ。
部屋にはソファーが二つ、向き合うように並んでいます。その片方に座るスーツ姿の眼鏡のお方。どうやらこの人が支配人のようですね。
「ふむ、ご苦労だったねトモミちゃん」
笑顔で挨拶を返す支配人・村野さん。
しかしこの軽い挨拶のやりとり…結構ズブズブの関係の様子。
ほりちゃんもなかなか隅に置けない。このままこのホテルの実権を握るんじゃありませんか?
「おいノア。挨拶」
「え!あ、は、はじめまして!笹木ノアです!16歳のさそり座AB型!好きな食べ物はうどんです!」
「ふむ。スリーサイズは?」
「はい!上からはちじゅ…」
バアン!口をふさがれました!結構痛いよほりちゃん!
「ストップだノア。この人の策略にはまるな」
「…ちっ」
露骨に舌打ちする支配人・村田さん。
緊張のあまりさらっと答えてしまうところでした…
「流石は支配人…侮りがたし、ですね!」
「この人が特殊なだけさ。面接でスリーサイズ聞いてくる支配人なんて、普通はいない」
「失敬だなトモミちゃん。男たるもの、女性のカラダについて知りたくなるのは当然のことだろう?」
黒縁眼鏡をくいっと上げる支配人・村野さん。なかなか恐ろしい考えの人物のようです。
「ところでノアちゃん。キミ運動は得意かい?」
おっと、面接始まってたんですね。急いでソファーに座り、支配人の方へ向き直します。
「いえ、全然です!特技は特にありません!」
「なるほど。結構力仕事だけど、大丈夫そう?」
力仕事、ですか。お布団とかしまったりする話ですかね?
「問題ありません!たくさん力を使うところは人に任せます!」
「ふむ。いい心がけだね」
なんと、軽いジョークのつもりが褒められてしまいました。
ま、好印象なら問題ないですかね。
「で、キミはなんでアルバイトを?」
これはよくある質問ですね。
答えのパターンは色々ありますが…
「遊ぶ金欲しさです!」
…おっと、口が滑りましたね。
しかし我ながら完璧な笑顔だったと思います。
「ふむ。実に素直でいい子だ。採用!」
「やったー!」
なんと一発合格!風向きは良好ですね!
「え、いいんすか支配人。遊ぶ金欲しさって」
しかし蒸し返そうとしてくるほりちゃん。いいんじゃないですかねえ?大体高校生のアルバイト目的ってそういうもんじゃないんですか?
「いいんだよ。無理に変な理由でごまかされるより、ずっとね」
あらやだ、イイ人!最初は変な人かと思いましたが、実はとってもイケてるお方なのでは?
「それに、見たところ私好みのいいカラダだし…」
あらやだ、キモイ!やっぱり変な人ですね!
「ノアに手え出したら承知しねえから覚悟しとけよ支配人」
「あっはは…冗談だよトモミちゃん。キミのこともちゃんとかわいがって…」
バアン!鋭いチョップが支配人の脳天に叩き込まれました。これも一つの愛の形ですかねえ…
「いよっ!ナイス夫婦漫才!」
ドバアン!鋭いチョップが私の脳天に叩き込まれました。痛いよほりちゃん!
おっと、忘れてはいけないことがありました。
「そうだ時給!時給何円ですか!」
ストレートが過ぎる質問に、村野さんは笑顔で回答してくれました。
「700円だよ」
………なっ
◇帰路
『20日から早速仕事だから。よろしくー』
村野さんのセリフが頭の中でループします。
「夏休み初日から仕事ですか…」
「ま、そういうもんだろ」
慣れた口ぶりのほりちゃん。どうやら彼女も一緒に働いてくれるようですし、心強いのは確かですが…
「それに、時給700円て!最低賃金もいいとこじゃないですか!いくら田舎だからってそんな…」
「そりゃまあな…いろいろあるんだろ、大人には。嫌ならやめてもいいんだぜ?その場合はアタシから話すし」
優しさ全開のほりちゃん。ぶっ叩いたことを反省しているのでしょうか?
「…お気遣いありがとうございます。でも、頑張りますよ私!すべてはお金の為です!」
心配ご無用。叩かれなれてますからね、私!
「…動機はあれだが、まあやる気なのはいいことだな。頑張ろうぜ、一緒に」
「はいっ!」
元気よく返事をする私。
この時はまだ、考えてもなかったんです。
支配人が変わり者の職場に、どんな人材が集まるかなんて…




