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第八話 封じる記憶(前)


 あれから一週間ほどたっただろうか。

 僕は相変わらず座禅をさせられているし、術式も一向に使える気配がない。ひどい話だ。相も変わらず一人何も考えることなく暗い闇の中一人座っているのだから。


「はい、今日の座禅は終わり。どうだった?」

「どうって……何も変わらない。目をつぶると暗いのは当たり前のことでその中で見えるのは全部幻だ」

「はぁ……三日。遅くてもこのくらいあれば大体の人は見えるようになるはずなんだけどなぁ」

「はぁ? 僕はこの世界の人間じゃないからもともとそういう器官は持ってないんだよ」

「いや、持ってるよ。それは僕が保証する。ただ、問題があるとすると……やっぱりあれかな」


 線菊は言葉を濁した。自分では思い当たる府市がたくさんありすぎてどれだかわからずに言葉も出ない。


「少し、そこに座って」

「ん? なんだよ急に」

「いいから。少し無理やりだけど次のステップに進む」


 彼らしからぬ判断に少々戸惑う。僕の知っている彼は少なくともこんなところで急いだりはしない。どこか詰められそうな余裕を見つけたら詰めてくるタイプの人間だ。


「僕の指を見ててね。一、二、三」


 そして彼が掌をたたいた瞬間、一気に眠気が襲ってきて意識を保てなくなった……。また、これかよ……。


――――――


 さて、……煮てやろうかそれとも焼いてやろうか。

 という冗談はさておき、彼の心に一体何があるのか、私は非常に知りたい。だが、純粋に興味があるというわけだけではない。彼はこの一週間で身に着けられるべき技能がなかなか身についていない。

 自分が今まで見てきた人たちの中で、そういう人はたいてい人間関係で昔何かあった類だ。そこまではいい。だが、人間関係に対するトラウマを克服できていない場合、修行への遅れが出やすい。座禅をさせる理由は目が見えなくても物音がほとんどしない無限ともいえる暗闇の中で何を感じ取るのかといえば、精霊のようなものの存在を感じることだ。自然界の力みたいなものを感じる。その感覚を養うための座禅だ。

 仙人としての力を手に入れるためには積極的に彼らの力を取り込んでいかなければならない。仙人になるとまではいかなくても白狼隊の基礎はこれだ。

 だが、関係の在り方を否定する心があると器官が鈍る。だから、努めて問題を解消する必要があるというわけだ。

 その過去を彼の口から聞き取るために、催眠を施した。


(必要となるなら、――彼の記憶を封印する必要があるな)


 その思考は本来あるまじき発想だ。同じ人間として、――何よりも自分を仙人としているものとして。


「……これから僕の質問に答えてくれ」


 だから純粋な興味で話してはいけなかった。その言葉で、その心で彼の過去と相対しようという心構えはあってはならなかった。


「君は、何が怖いの?」

「僕は――」


 その言葉を人として聞いた時に、『僕』はひどく後悔した。


――――――


 僕が怖いのは女の人だ。

 もっと大雑把にくくるとするなら人間全般が怖いのだけれど、女性だけはだめだった。

 今から二年前……中学校に入りたてのころだ。

 当時の僕は今よりはもう少し活発で少なくとも人と話すことにはあまり抵抗感を感じる類の人間ではなかった。ムードメーカーというわけではないけれど、話の中心になることもなくはなかった。正確には人の仲介や潤滑油のような役割をこなすことが多かったりした。


「はぁ、家に帰って早く続きみたいなぁ」


 ヒーローものが好きだった。むろん今でも好きだ。だが、そのギャップが自分自身を苦しめていることも知っている。だが、あの作品の中でなら僕はヒーローでいられる気がした。

 そんなある日だっただろうか。

 僕はたまたま見てしまった。


「おらぁ、泣いてんじゃねーよ!」


 うちの中学校の女子生徒が数人で一人の女子生徒をいじめていたのだ。顔はよく見えない。だがローファーで蹴りつけられて見えている金髪はくすんでいる。

 なんだよこれ。

 小学校のころからあったかもしれない光景。そんな改めて目にして、頭を殴られたような衝撃を受けた。

頭悪いことしてるなぁと思う。ストレスがあるなら人をいじめる以外のことをして発散できないのかと思った。

 だが、そんなことを考えて一瞬でそんなことが吹き飛ぶくらいのことが起こった。


「おら、立てよ」


 ぼさぼさになった金髪を掴み上げ無理やり立たせる。立った瞬間に無防備になったボディに一発拳を打ち込んだ。

 親の職業の関係柄そういう知識を浅めにもっているが、体も大して鍛えてない一般人にレバーブローは危険だ。危険なんてもんじゃない。死ぬこともありえる。そんなことも知らないだろう彼女たちは、金髪の少女が嘔吐しているのをみて嘲笑っている。

 動けよ。今動かなければ彼女はもっとひどい目に遭うぞ。結果的に殺されてもおかしくはない。そう考えるともっと嫌な気分になりとっさに、口を出すように言った。


「おい、やめてやれよ。腹殴ったら内臓破裂して死ぬぞ」


 慣れた人や、もともとある程度腹筋のある人、腹筋に力を入れた状態ならまだしもそれをしていない状態での腹パンはその危険性を孕んでいる。肝臓がやられようものなら一発で体内の血液の三分の一はもっていかれる。

 内臓へのダメージはいかほどかは素人目にはわからないが、救急車とか呼んだほうがいいだろうか。


「えっ? 嘘。見られてた?」

「逃げようよ」

「うん」


 一瞬で連携を取って彼女たちは逃げ出した。そこにいた少女を置いて。


 手持ちの財布からいくらか取り出し、スポーツドリンクを買ってきた。嘔吐でのどがひりひりすることだろう。気やすめだが食道にこびれついた胃液を洗い流すのにはちょうどいい。


「大丈夫? 病院行こう? あとお父さんかお母さんは?」


 彼女はうつむいたまま何も答えない。


 困った。どうしよう。普通嘔吐なんてこの年になって見られるなんて経験そんなにないだろうしなぁとりあえず、手を取って近くの公園にまで行こう。人通りは少ないとは言ってもここにいればいやでも人目につくし、そもそも吐しゃ物の近くにいるのは不衛生だ。

 無理やり手を取って、歩かせる。

 近くの公園の水道まで行けば汚れた顔を拭けるだろう。携帯なんかもあれば、親を呼べる。彼女の両親とできればしばらく母さんにでも容体を見てもらおう。

 早まる鼓動を抑えて妙に冴えわたっている頭を自画自賛しつつ、公園に向かっていった。


~~~~~


「携帯持ってる? 貸してほしいんだけど」


 彼女は伏せて答えない。

 いや、まだ体のどこかに痛みが残っているのかもしれない。母さんに頼んできてもらおう。うちからここまでの距離ならそう遠くない、母さんもきっと来れるだろう。

 ハンカチを濡らして、彼女に差し出す。

 いじめをもう少し早く止められたらよかったんだけど……。

 わずかな後悔を胸に、母さんを呼んで公園のベンチに腰掛けて座っていた。



受験生なんだ。許して遅れ。次回はいつも通りになる予定だから。

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