第七話 僕が女の子との触れ合いを苦行というのにはわけがある。コミュ障ではない
「大丈夫ですか!? 心配したんですよ!? 無事でよかったです……」
無事白狼隊の人に送り届けてもらうと、椿は泣き始めた。泣くほどのことかと思ったのだが、彼女は笑った。
「もう、あなたに会えなくなるかと思うと不安で、恩を返すまではあなたのそばにいさせてください」
えっ、何? 僕が感じているこの温度差は一体何なのだろう。泣かれるほどのことじゃないだろう。
「気を付けてくれ。こんなことがないようにな」
白狼隊の人はいいものを見せてもらったといわんばかりの笑顔で立ち去ろうとする。僕のヘルプの信号は無視ですかそうですか。だがさすがにいつまでも僕の胸の中にいさせるわけにはいかない。正直、複雑な気持ちだ。
「ま、まずは中に戻ろう? この季節まだ夜は寒いし」
「はい!」
そして泣いてる彼女の目を見て少し恐怖を感じた。……昔のいじめっ子と同じような目をしていた。さすがに彼女は僕をいじめる気はないだろうが、その目は本当に不快だ。思わず椿を少し力強く離して、前を向かせ家の中に押し込んだ。あの目をずっと見ていると壊れそうになる。
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場所は変わって風呂の中。
頬の傷は線菊が治してくれた。ついでに言うと体の中のほうのダメージも治してくれたらしい。仙術ってこんなに万能だったろうか。いや仙術については素人もいいところだけれど、僕は明日からそれをしなきゃならないのかと思うと憂鬱になる。
ふと完全に治って傷跡すらない頬を撫でた。
人の悪意で傷を負ったのは久しぶりだ。あの時こそ死の恐怖を目の前にしながらもまだ余裕があったように思えた。一度でもくないを刺されたら別だったろうけど。
異世界……その言葉はひどく非日常的なもののはずなのに今現実として体感している。家族はどうしているだろうか。僕を心配しているだろうか。もしそうなら警察も動いているだろう。あの壊されたガードレールも捜査の一環として調べが入るだろう。死亡させられてなきゃいいけど。
だんだんネガティブになっていく思考を突如入ってきた乱入者によって妨害される。
「失礼します。お背中を流しに……」
「帰れ」
「ええ、いいじゃないですか私はあなたの身の回りの世話を……」
「出ろ! もう二度は言わないぞ」
出会って一日もたっていないのにこんなになれなれしくされると本当に不快だ。さっきの行動然り今もだが、一気に距離を縮めすぎではないだろうか。いや、距離を縮められたことは別にいい。僕との距離感を掴むために一気に踏み込むのは必要なのかもしれない。だが、あの目を見た時の恐怖感はぬぐえなかったのだ。
アリス……、僕はお前を一生恨んでやるからな。
「ふあっ、のぼせそう」
少しばかり考え込みすぎたらしい風呂場でのぼせてしまう前にさっさと出て明日に備えて寝てしまおう。明日以降きっときつい修行の日々が待っているんだろうなぁ……。つらい修行の日々を連想してしまいいきなり逃げ出したくなったのは僕の心の中にしまっておこう。
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「いってらっしゃいませ!」
「あ、うん……」
この時の僕はこれ以上ないくらいいやそうな顔をしていたことだろう。顔に出やすい質と家族によく言われたのだから。
「そういえば、どうやってどこに行けばいいんだろう……テレポートできないとあそこに入れない気がするんだけど」
わざわざ、テレポートを使って石の中(の空間)にいるということをしないといけないのか。だが、僕にはそれができないのだから向こうからくるか、逆にこちらが練習して使えるようにならなければいくらなんでも無理ではないだろうか。
「はぁ、線菊のやついきなりこんなへまやらかしやがって」
「悪かったね」
「おうっ!?」
振り返れば奴がいた。その突然な登場は心臓に悪いから本当にやめてほしい。
「いやぁ、私も今それを思い出してね。迎えに来たわけさ」
「じゃいいや。さっさと行こう。何をするんだ? 十分間息を吸い続けて十分間吐き続ける訓練? 手から太陽光エネルギーを放出できるようになれば合格?」
「いや、そんなことはしないけど……」
「じゃぁ何さ?」
「一分間息を止めて吐いたあとそれを一日十五回セットで繰り返す呼吸練習法」
「大して変わらないじゃん」
そんな軽口を返しつつ僕は彼についていった。ん? 今彼のとの会話おかしくなかっただろうか。外来語を普通に使ったのに彼には通じていた。エネルギーとセット。この二つは違う国の言葉なのに通じている。この世界は一体どこまで僕の世界と同じなのか分からなくなった。
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「三時間の座禅だ。別に足を組む必要まではないから。胡坐をかくなり好きにしてね。で、そのあとは、術式の基礎知識を叩き込むよ。一週間で全部教え込むつもりだから覚悟しておいてね」
「ひ、ひえぇー……」
午後のお昼過ぎにはなんとか地獄のような講習が終わった。不幸中の幸いは術式の講座はちょくちょく体を動かすことができたことだ。基本的にはこれをしばらく繰り返すとのことなので、少しうんざりしている。
「うえぇ~、疲れたー」
「お疲れさま。今日はこれで終わりだよ。あとは体を鍛えておけばいい。いざというときは自分の体だけが頼りになるからね」
「はいはい。わかってますよ線菊様。明日もよろしくお願いしまーす」
「じゃあ、しばらくは送っていくよ。今回のことで君に対し不満のある勢力がいくつか見えてきた。また襲撃がないとも限らないし囮も使ってくることもあり得るから気を付けてね」
「ありがとう」
「じゃぁ、行くよ」
目の前の景色が一瞬で変わる。なかなかこれは慣れそうにはない。一瞬頭を強く揺さぶられる感じがする。何とか立っていれるけど、これ体に悪そうだ。
「これさ、僕もできるようになる? すっごい気持ち悪くなるんだけど」
「まぁ、これはやった本人基点の術だから周りの人なんかを転移させると空間のゆがみで頭が揺さぶられるみたいだよ。本人でやる分には全然そんなことはないけど」
「そ、そうなんだ。早く覚えよう。ストレス抱えてやりたくない」
「私に密着すればするほど、違和感が小さくなるけどどうする?」
「……やめとく」
「だろうね」
男、しかも自分と顔や骨格まで似てる人間に抱き着くとかもう嫌悪感を通り越して吐き気しかわかない。なまじ自分の同一個体というのだからさらに救われない。
「じゃあ、お疲れさま。きょうはゆっくり休んで」
そういって彼は消えた。
まぁ、今回新たな謎が一つ増えたが、今は気にする必要はないだろう。今は別の知識が必要なのだ。この世界の知識。
――そういえば。
「夏風さんも、今頃戦っているんだろうか……」
彼女は僕の命の恩人だ。いつかは別のことで返さなくてはならない。彼女に対しては不思議と嫌悪感が湧かないのだ。いや、僕の嫌いなあいつとは真逆の立ち位置だからか、前提である女でも不快感が驚くほどない。
「……こんなの僕の柄じゃないな。さて、昼寝でもするか」
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起きたら、日が暮れていた。だがまだ外は微妙に明るいので時間にすると二時間眠ったかどうかというところだろう。
「んー。寝たなぁ」
自分では気にしない程度に疲れていたようだ。本当に気にしていなかったがつい横になるとそのまま寝てしまう。パソコン触っていると目が疲れてそのまま寝てしまうことがある。なんとなく、別の部分の疲れがそのまま本能的熱彼に直結してしまったような眠気。
「風呂入ろう」
「すでに沸いていますお背中お流しいたしま「いい」」
あれ、椿ってこんな感じの子だったろうか。気にしたら負けですかそうですか。
ああ、女という生き物にはつくづくいい縁がない。思えばすべての始まりも女だっただけに余計に腹が立ってくる。
まぁ、僕からすればそれはしょうがないということで納得するしかない。
風呂に入った後、ご飯を頂いている。今夜のご飯はお好み焼きだ……関西のお好み焼き。個人的にはこっちのほうが好きだ。うちの祖父母は某県の方だが、それでもやっぱりこっちのほうが好みだ。
「ねえ、広島のほうのは作れる?」
「あっ、そっちは試したことがないのでわからないです」
「ふーん。じゃあ自分で作るわ」
結局うろ覚えで作ったのは焦げて失敗してしまい、椿に作り直してもらった。……今度何か作ってやるのもいいかもしれない。せっかく久しぶりの味を感じることができたんだ。それくらいはしてもいいだろう。
「僕は、ここで変われるだろうか」
修行一日目ということもありきっと頭がおかしいことになっているのかも知れない。新鮮な気分で妙に落ち着いているのだ。この世界で生き残って絶対に戻って見せる。どんなに向こうで親不孝者と罵られてもこの際仕方がない。親がいるのだ。家族が、待っているはずだから。そのためにはまず、空間のゆがみをどうにかしなければならない。
それを超える手段を用意しなければ……。キカイの近くに空間がゆがんだ後のそれがあるはずなのだ。明日それについて線菊に聞いてみよう。彼なら何か知っているはずだ。
「は、箸! 箸折れてます!」
「あっ、うん。ごめん」
箸を力で折るなんてことは今までなかったが、それほどにまで強く力を入れるほどにまで考えていたのだろう。食事中にこれはいけない。寝る前にでも考えよう。でも、向こうに戻ったらまた勉強か……。嫌だなぁ。
ふと天井を眺め僕は的外れなことを考えた。
続きはいつか。忙しいのでまだ時間がかかります。