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第四話 女の子と暮らすとかこれなんて苦行?

目を離していたわけではない。世界が、風景が一瞬で切り替わったような感覚がした。テレビの中でチャンネル切り替えの感覚を味わったならきっと今のような感じがしたのではないかと思う。


「移動完了っと」


 急に景色が変わったことに驚く。普通の和室のようだ。書院造みたいな。いや、写真でしか見たことないけど。


「結構落ち着いてるね。慣れた?」

「慣れたというか、普通だったから驚いた」

「一体どんな扱いを受けていたのか知らないけれど、僕はそんなことをするつもりはないよ。さぁ、そこに座りなさいな。お互い自己紹介から始めよう」


 そういって彼の指さした先には座布団があった。

 気が付けばおいてある。不思議ですね。

 言われるがまま、僕は彼の用意した座布団に正座した。


「ん? 別に胡坐をかいてくれて構わないよ」

「いえ、こっちのほうが慣れてますから」

「ふ~ん。変わってるね」


 彼はそのままお茶を用意した。見た限りだと、茶道とかの礼儀には習わなくてよさそうだ。彼は胡坐をかいているし。


「じゃあ、改めまして。私の名前は千菊。仙人をやっているものです」

「仙人? あの霞を食べてるっていう?」

「認識的にはそれで間違っていないけれど、まさか普通に固形物を食べるよ」


 ケラケラという笑い方がしっくりくるような笑い方だ。しかも、なんというか……不気味さを感じる。


「まぁ、欲を排除した人間といっても、感情やそれに付随する欲はあるよ。正確には欲を完全なる制御下に置く人間だから」


 なんかわかりにくい奴だなぁ。


「ぼ、僕は――」

「知ってるよ。さっきも話したように小鳥遊聡、異世界から来た存在」

「どうして……僕のことを……」

「ようこそ。私は別の『君』だよ。なんとなく、そう思っている」

「いやいや。何を根拠に」

「理由なんてどうだっていいだろ。今大事なのは?」

「ここに連れてこられた理由を知ること」


 いらだちを隠せなくなってきている。少々彼のしゃべり方は迂遠で伝わりにくいのもあってか、僕の不快度を上昇させている。用事すら放り出されているのだ。これは怒られても文句は言えないだろう。


「あっははは! そうだ! そうだったね! うん。まぁ、一つ言いたいことは君の処遇だよ」

「まぁ、君らが親玉だっていうなら僕がそれに従う必要があるね」

「まあ、正確には僕らが親玉ってわけじゃないんだけどね」

「えっ?」

「そこら辺の説明はまた今度だ。本題について話そうか」


 なんかこの人、自分のペースで話を進めていくなぁ。面倒な人だ。


「君の処遇は基本的な安全しか保障されないっていうのと、生活面ではある程度の文化の違いを想定しておいてね。お金はある程度工面するけど必要とあれば自分でどうにかしてほしい。必要以上に優遇する必要がないっていうのと、これ以上やると被害者への面目が立たないとか、この処遇に不満を持つ一部の有力者が君を抹消しに来るとかいろいろ考えられるけどいい?」

「い、いえ」

「現状でもかなりやばいよ。過半数は納得いっていない。不満はないようだけど、ここら辺が限界。さて、住む場所くらいは提供させてもらうよ。……個人領域は優先させてもらうから安心して」

「……あぁ」


 僕は正座の状態から立ち上がり、味気のないこの部屋から去ろうとした。


「ちょっと待って。送っていくから」

「えっ」


 彼が人差し指で僕を指さした瞬間。またもや目の前の景色が変わった。一体何なんだ?


「原理は簡単。地脈を使い空間を圧縮し、その間を自由に移動できる術。言葉通り『縮地法』」

「なんだって?」。

「君には多分無理だよ。覚えるのは」


 シャフ度でそんなことを言うとなんか笑ってしまいそうだ。案外似合っているのが余計に腹筋を刺激する。


「この世界に適応できない君には無理だ。だから、君に安全という自由を与える。頑張ってくれ」


 そして目の前にいた彼は消えた。いや、縮地法で戻ったのか。……確か電子辞書に載っていたかもしれない。縮地。

 仙人が使う地脈の間どこへでも瞬間移動できる仙術の一つだった気がする。壁抜けとか簡単な亜空間創造も仙人にはできるんだったか。よく覚えてはいないが調べておこう。

 元の誰もいない町に戻った僕はあの独房のあった崖に戻った。


~~~~~


「ふん。線菊様から聞いているよ。おまえの住処に案内する。ついてこい」

「ありがとうございます」


 話はすでに通っているらしい。あの男には抜け目がない。素直にそう思った。どこか抜けてそうだが、それすら演技ではないかと思えてくる。絶対演技なんだろうなぁ。なんというか、猫をかぶっているわけではないけれど天然で腹黒いタイプ。そんな印象だ。それを自覚したうえでやってるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら案内されるがままに、僕は案内人の男についてく。

 そして腕時計の時間を確認すること五分ほど歩いたところで、ある一軒屋の前についた。


「ここがお前の住む家だ」


 案外立派だなぁ。もう少し平屋みたいなものをあてがわれるかと思ったら二階建てだ。変なにおいもしないし、漆を使ったフローリングだしトイレも洋式だし時代が一気に進んで昭和のあたりまで来ていないだろうか。これどうやって作ったのだろう。


「生活の援助はこちらでさせていただく。とはいえさすがに限度があるから無駄遣いとかするなよ」

「はい。ありがとうございます」

「ん」


 うなずいて、案内人の人は一軒家から去っていった。……とはいえど一人暮らしで一軒家はでかすぎるぞ。5LKの風呂付。ダイニングはなかったが部屋が五つもあるのは結構うれしい。トイレも一階にだが二つある。なんでだかよくわからないのだけれどまぁ、もともと家族で住むことを想定していたのなら当然の設計か。だが、個人的には洋式トイレの点が気になる。素材はまんま木だ。腐らないかな……。


「ふぁあ。今日はいろいろあったしまずは寝るか」


 そう思って、僕は押し入れに備えてあった布団を一組取り出しそのまま寝た。疲れがたまっていたのでちょうどよかったのかもしれない。

 この場所にきてすでに五日近く経とうとしている。その中、土の床で寝かされたことがほとんどだ。和室の畳の床で寝るなんて経験はほとんどなかったといってもいい。動きには支障をきたしていなかったものの、たまった疲れがどんどん僕の体の自由を奪っていく。最後には眠気に逆らえずそのまま眠りに落ちていった。


~~~~~


 窓から差し込む光で僕は目を覚ました。

 目を覚ましたばかりでまだ頭がうまいこと働いていない。だが、ぼやける視界に影が入った。その影の存在に僕は一気に脳を覚醒させた。


「だ、誰だ!?」


 こっちは命を狙われていてもおかしくはないと聞いている。不安要素を排除するだけでも向こうは満足するはずだ。

 一気に体のほうもある程度動かせるような体勢にする。


「えっ!?」


 その影の正体は少女。だが、女の子とはいえ気を抜けない。夏風という少女がこの世界で戦っているのだ。この子もそれなりの戦闘能力を持っていないとも限らない。

 相手を威嚇していると少女は、困ったような笑顔で僕に話しかけてきた。


「私を覚えてませんか? ほら、昨日の機怪の時に助けてもらったんです。名前は椿です」


 昨日……ということは、あの時全身鬼畜駆動で助けた子か。今もまだ全身が痛い。


「はい、親と白月組の線菊様から言われて身の回りの世話を頼むと……」

「また面倒くさいことを……」

「何かおっしゃられましたか?」

「い、いや。そうなんだ。彼にも今度礼を言っておこう」


 なお本音は今度げんこつの一発でもくれてやろうという気持ちだ。僕は女の子をなぜここにあてがったのかはわからない。性欲処理が理由とかだったらあいつをぶん殴る。あいつは仙人だから殺したってそうそう死なないはずだ。


「わ、私もあなたに助けてもらったので、是非お役に立ちたくて……。なんでも言ってください! 言うのであれば、夜のお相手も……」

「女の子がそんなことを言わない」


 あきれつつ、少女に言い返す。くそと悪態をつきそうになる気持ちと同時に自覚する。異世界に来たのだと。あまりいい気分ではないのは確かだ。あそこに戻ってもいいことはない。だが、こちらよりはましと思えるのだ。

 あれだけのことが起こってなお、僕はあの世界に未練があるのかとか思ったが、母のこともあった。いっそ心の底から屑になれたらどれだけうれしかったろうか。


「あ、あの。どうかしましたか?」

「いや。じゃあ君にはこの家で僕とできるだけ鉢合わせしないようにしてほしい。料理を作るなり、選択をするなり掃除をするにしても僕のいないところで済ませておいてほしい。そういうのが終わったら帰ってくれてもいいから」


 女と同じ屋根の下で生活するなんてあまりいい気分ではない。我慢できないわけではない。一人の時間を用意してもらえるなら普通に接することはできるし、しょうもない世間話にだって興じる余裕がある。ただ、接触は今でも駄目だし、女の人によっては目が合うことがきっかけになりかねない。幸いこの少女は話す分には問題はない。夏風さんとか個人的には母の次くらいに気の許せる人だった。


「で、でも。一応私も身の回りのお世話をさせていただくために……」

「いいけど、でも僕にはあまり近寄らないほうがいいよ。壊れるから」


 壊れてしまう。そう、言葉通り。壊れる。


「じゃあ、朝ご飯作ってきてよ。できたら呼んで。すぐに行くから」

「……はい」


 少し重苦しくなった空気の中彼女は出て行った。悪いことをした気分になるが、彼女には事情を話すつもりはないしそんな話を聞かせるのも酷な話だ。今は、僕が女はかなり苦手ということをわかってもらえればいい。理由なんてそのうち察せられるだろう。いやでも長い付き合いになるのだろうから。


今月中はこれで最後になります。来月からは週一投稿していきます。

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