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第九話 封じる記憶(後)

「で、これは一体どういう状況なの?」

「拾った」

「犬じゃないでしょう。で、この子はなんでボロボロなの?」

「いじめられてた」

「助けた?」

「いや、怖かったから少し見てた」

「男ならシャキッとしなさい! この子がもっとひどい目に遭ったらどうしてたの!」


 ごもっともなご意見ですお母さま。でも、怖かったんだ。その気持ちだけでも汲んでいただきたいです。


「大丈夫? そこの馬鹿が意気地なしだから相当ひどい目に遭ったでしょう?」

「…………いえ」


 やっとしゃべった。声かわいいなぁ。顔もハンカチ差し出すときにちらっと見たけれど顔もかわいかった。人形の印象が近いが無機質なものではなかったような気がする。


「で、状況説明よろしく」

「いじめられていたのを見かけたのですが、怖くてすくんでいると腹パンされたので止めに入りました」

「……家に行く前に病院……は保険証がないから大変ね。携帯持ってる? あなたのお父さんかお母さんに電話をしたいんだけど」

「…………わかりました。ありがとうございます」

「少しずつだけどしゃべってくれるようになったのね」


 まぁこちらとしては落ち着くというか安心できる要素なのでよかった。だが、今まで僕と一度も視線を合わせてくれないのはなんでだ。こう、チラチラと見てきてるような気はするんだけど、自意識過剰かもしれない。

 ――だが、少し背筋に悪寒が走ったのは覚えている。


~~~~~


 一通り医者に見せて、彼女にはひどい損傷をないことを確認して体中についた傷の消毒なんかをしてもらっていた。

 本当に大したことがなくてよかった。

 ちなみに後になって分かったことだが、リバーブローは素人がやってもものすごい苦しいだけの場合が多いらしい。だからと言って見逃してもいい理由にもならないが。ただ、格闘家なんかがやった場合は別だ。素人にやると簡単に破裂させることができるらしい。


「ありがとうございます! うちの娘を助けてくれた勇者君は君か!」


 金髪の中年のおじさんが握手を求めてくる。やたら流ちょうな日本語をしゃべっているが見た目ですぐ外国人だとわかる。


「この子は昔からよくいじめられる子でね。親としても心配していたんだが、君みたいな子が増えてくれればいいんだがね……」


 親御さんもどうやら苦労しているらしい。言葉の端々や声の調子からその様子がうかがえる。


「診察料なんかはこちらで改めて払わせていただきます。本日は本当にありがとうございました。アリス。君もお礼を言うんだ」

「……ありがとうございました」

「――あとサトシ君。もし、こんなことが次にもあったらアリスを守ってあげてほしい」

「えっ、あっはい」


 なんか成り行きで凄いこと引き受けてないだろうか。……一応引き受けたわけだし、まぁ目をかけておくぐらいはしておかないとだめだろうなぁ。

 そんなことを考えながら、僕はアリスを親御さんに引き渡し、僕らは家の中に入った。


「はぁ、なんか変に大ごとになったなぁ」


 疲れた。肩が重い。


「今日は頑張ったね。偉かったよ」


 そういって母さんは僕を労ってくれた。珍しく褒められたので頬が熱くなったのでしばらく布団の中でもだえたのは秘密だったりする。


~~~~~


 それから一週間ほど経ったある日のことだった。

 そこから何かがおかしくなっていった。

 最初に挨拶するといつも返ってくるはずの返事がなかった。おかしいなと思った。心なしかみんなは僕を視界から外そうとする。僕を見てニヤニヤしている。からかうとかそういう感じの笑い方でなく、例えるなら新しいおもちゃをもらった子供のような無邪気な目で悪意を持っていた。だが、無視をした。

 いつものように席についていつものように授業を受けて帰った。

 そして一か月を過ぎるころには、


――――誰も僕と視線を合わせず、意見も聞かない、空気のような扱いになっていた。


 暴力はなかったが、新たないじめの標的にされたようだ。頭で冷静にそう受け止めていた。暴力がないのであれば別に気にする必要はない。と、僕は考えていた。実際のところこんなことが起こっていたと認識していながらも精神的に余裕があったのはおそらく彼女がいたから。


「今日、一緒に帰っていいですか?」


 アリスだ。彼女がいたから、僕はこんなにも余裕があったのだ。


「うん。いいよ。一緒に帰ろう」


 彼女がいたから僕はこのいじめを苦としなかった。言い方を変えるなら彼女に依存していた。日常を、感情を、彼女に受け渡して。


「――で、佐々木さんが犬の写真を見せてくれたんですよ」


 彼女の笑顔に僕は心を癒され、彼女の心に自分を見出し、彼女の瞳の中に僕はいた。そこにしか僕は家の外にいなかった。


「とっても可愛くて写真を送ってもらっちゃいました!」

「それはよかった。もう家近いし、明日にでも写真を見せてよ」

「ええ、いいですよ!」


 次の日、彼女は学校を休んだ。

 学校のプリントなんかは僕が届けることになっていた。家も思ったよりも近く、いつも僕が一緒になっていたからだ。一人、帰り道彼女の家にプリントを持っていこうとしている途中にふと、気が付いた。

 自分が泣いていることに。


「うっ……。ぐす……」


涙を抑えようとしても止まらなくて、悲しくもないのに涙は落ちて、自分の涙腺が壊れたのかと思った。

何とか涙を抑え彼女の家に向かった。

彼女の家は豪邸だった。この辺で有名な豪邸だったのだがまさか彼女の家とは思いもしなかった。


「いらっしゃいませ小鳥遊さん!」


 その無邪気な瞳に僕はいつも救われていた。

 それが今日打ち砕かれた。


「うちに上がっていってくださいよ」


 今日は荷物を送ろうとしただけだからと、遠慮をしようとした。咄嗟に友達との約束があるからと言ってごまかそうとしたのが絶望の始まりだと思わなかった。


「友達? えっ、小鳥遊さんに友達なんているわけないじゃないですか」


 言葉を失った。「そんなひどいことを言うのはやめてくれ」と苦笑して返したのだが、彼女の目は本気だった。


「その友達って誰ですか?」


 雲行きが不安になってきた。早く帰りたい。そんな思いからか半歩下がって逃げる準備をしていた。


「あなたには私がいるじゃないですか。いえ、私しかいないはずでしょう? だってそのために……私はあなたを孤立させたんですから」


 その目はどこまでも無邪気な悪意に満ちていて、同時に冷酷な雰囲気を放っていた。呑み込まれる恐怖に襲われた。


「ねえ、誰なんですか? 私に隠れて作った友達って誰なんですか!? ねぇ!」


 もう会話なんて頭に入らない。さっきのセリフだけで、いろんな感情が渦巻いている。

 人が変わったような彼女の言葉も耳を通り抜けるだけ。僕は、ただ恐怖を感じていた。


「あなたには私だけ。あなたには私だけ。私にもあなただけ、だから二人で一緒にいましょう。この先ずっと一緒に過ごしていきましょう?」


 ゆらゆらと幽鬼のように歩いて近づいてくる彼女に恐怖を感じて僕はその場から逃げ出した。


~~~~~


「はぁ、はぁ、はあっ、……んっ、はあ……」


 自室にこもり、彼女に言われた言葉を改めて整理する。ここ一か月に及ぶ空気のような扱いは彼女によるものだった。その言葉に激しい怒りと、虚無感、悲しみ。本来の意味でのコンプレックス、それを感じた。

 そして思い出したのは彼女と初めて会った時のこと。

 あの時の出会いが偽物になったように感じられて、余計に悲しくなった。裏切りにも等しい子の行いは、僕の信じていたものもへし折った。

 この瞬間、中学の三年間と高校の今までも僕という存在が出来上がったのである。


―――――


 この記憶を聞き出して最初に思ったことは、哀れだと思った。自信の信じた正義がゆがめられた。そんな彼の心が痛々しく伝わってくる。子供だったかもしれない。幼稚だったかもしれない。だが、彼のとった行動そのものは誰に責められるものではないのだ。

 本来は然るべき人間が報いるべきなのだ。

 だが正直今でさえ彼に感情を移入しすぎだと思う。だからこれ以上は切り捨てる。たとえ異世界の同一個体だからと言って、甘やかしたりしていい理由にはならない。そんなことをすれば彼に申し訳が立たなくなる。

 この世界で死んだ彼が、報われなくなる。


 そして同時に思った。この記憶は封印をするべきだと。

 彼の心がそれで救われるわけではない。最良ではあるが最善ではない。彼の心が何一つ救われていないのならそれは善い行いをしたとはいえない。彼の心を自分自身でだまさせ、現実から目をそらさせるだけ。

 それが間違いだと知っていたとしても、僕はやらなければならない。故郷に喧嘩売ったんだ。死んだって文句は言えない。だからせめて、彼の信じた幻想を、彼の守りたかった世界を……僕は、私はかなえなければならない。


 私は仮面をかぶる。

 何人にもはがされない鉄の仮面を。

 掌で顔を隠す。指の隙間から外の世界を見る。

 この世界を……救う。


―――――


「ん? 寝てた……?」

「修行中に寝るとは何事か。馬鹿者」

「悪かったよ。体術の修業はいつもより厳しめで頼む」

「もとよりそのつもりだよ。覚悟しておくように」

「はーい」


 線菊のやつ何か変わったか? 少し冷たくなった気がする……。いや、冷たいというより張りつめているというか鋭いというか……。追い詰められている?

 何か思うところでもあったのか。気のせいか。僕があいつのことを気に掛ける義理はない。

 ……いや待て。僕はどうしてそんな釣れないことを考えているのだろうか。

 別に助けたところで困るわけではない。貸しが作れるし、いざというときは助けてくれるだろう。それどころか彼には一度命を助けてもらっている。

 とりあえず話だけでも聞いてみてはいいんじゃないだろうか。罰は当たらないはず……だよね?


「線菊~?」

「何?」

「何か悩み事でもあるの? なんか雰囲気いつもと違くない?」

「気のせいだよ。仙人の僕に悩みなんてないよ。仮にあったとしても自分でどうにかなるさ」

「じゃあいいや」

「それよりも、小鳥遊君」

「何?」

「君、何か変わったことある?」

「いや~? 特に何もないはずだけど……」


 突然何を変なことを聞いてきているのだろう。まさかあの線菊が寝ている僕に何かをするはずがないし、仙人にそんなよこしまな欲望があるとも思えないしそもそも性別の壁があるし、よくよく考えてみれば同一個体ってことはほぼ同一人物といっても過言でないはずだし……これ以上は考えるのをやめよう。彼に近づけなくなる。


「なに失礼なことを考えているんだい? 君が寝てる間に少し細工というかおまじないをかけておいたよ。明日にはできるようになっているはずだよ。私の術が」

「?」

「気を抜くから自分にされた細工がわからないんだよ。さぁ休憩は終わりだ。修行の時間だ」

「うぃ」


 そして鍛錬が始まる……。


この小説は今後の不死の系譜シリーズに関わるので絶対に完結させたいと思っています。最悪この小説を消してでも、ここで使うはずだった設定を移植して完結させます。

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