線引き
「お姉さん、こっちの端持って」
十一月だというのに少し暑い日だった。
肌の弱い方である自分の顔は、日焼け止めを塗ったのにかかわらず赤く火照っている。
「ゼロのところ、ブロックにぴたっとつけて」
私は言われるまま、小学校の算数以来使っていなかったメジャーの端を持っていた。
十一月の二年生の行事、職場体験。
今日から始まり、三日間。
自分を含め女子三人で地元の公民館の体験学習に来ている。
全然乗り気じゃなかった。
今、この時だってそんなに乗り気じゃない。
見知らぬお爺さんと共に、週末の公民館祭りの時の為の駐車場の線引きをしている。
「じゃあ、移動するよ」
「はい」
その言葉に、小さな声で返事をした。
今、近くを通った電車の音で掻き消されたかもしれない。
「お姉さんは、三年生?」
「あ、いえ。二年生です」
「二年生かあ。孫と一つ違いじゃな」
自分の体操服の胸元の名前を思わず見た。
草むらの上においてある、公民館の職員の人に頂いた駐車場の図面をお爺さんと一緒に覗き込んだ。
「ここは、五メートル。そしたら少し間をあけて、また五メートル。その長方形に二・五メートルの間隔で、釘を打って紐を打ちます」
「分かりました」
日焼けして、しわしわになった人差し指で図面を指差す。
それにしても暑い。
日差しが強いので帽子が欲しい。
顔がぽかぽかする。
長袖を着てきたのは間違いだったかもしれない。
昨日はあんなにも寒かったのに、今日は暑いなんて大変困る。
体操服の袖を捲り上げた。
眼鏡をかけたお爺さんと一緒に、黙々と作業を少しずつ進めていく。
職場体験は九時から十五時三十分までだ。
きっと現在は十四時くらいだろうから、あと一時間三十分くらい。
溜息がつい出てしまった。
お爺さんと喋る事と言ったら、「五メートルです」「釘、まだありますか」だけ。
第一に喋っているのかもよく分からない。
ちょっぴり広い草原に、白いビニールロープが打ち付けられていく。
あちこちから、とんかちで釘を叩く音がする。
作業は終盤を迎えているのだろうか。
白い長方形が三つ完成した。
「じゃあ、お友達と一緒に、二・五メートル間隔で釘に紐を結び付けて、打って」
「はい」
傍にいた里枝と、長方形をさらに細かく分割していった。
二・五メートルを測り、釘を地面に刺す。
ロープをくくりつけて重たいかなづちで叩く。
それを何回か繰り返した。
別の場所で働いていた春子が暇そうにふらりとこちらへ歩いてくる。
「暇なん? 春子」
「うん」
「じゃあさ、釘、二・五メートル間隔で釘ぶっ刺していってや」
「分かった」
三人ですれば作業の効率が良くなるだろう。
日焼けしなくて済む。
かがみこんだり、立ち上がったり。
かなづちを持ったり、ロープを結んだ。
していた軍手をとって、両ポケットに入れた。
「出来たー!」
「出来たねえ」
「暑い」
三人で思い思いに喋る。
口を開いたのが久しぶりのような気がした。
そっか、喋らずに仕事してたんだ。
ぱっと顔を上げて遠くまで見てみると、六・七人いたお爺さんが釘を打つ姿が見えた。
「出来たし、向こう手伝いに行くか」
そうじゃな、と里枝が言ったので三人で駆け足で手伝いに走った。
「お疲れえ。ありがとうございました」
と一人のお爺さんに言われた。
口には出さなかったけど、心の中で「え?」と呟いた。
「手伝いましょうか?」
春子が問う。
「でも中学生の皆さんは、そろそろ変える時間ないんかい?」
「えっ……」
もうそんな時間か、と三人とも思ったと思う。
三人とも顔を見合わせたからそうだと思う。
公民館の時計を見れば、十五時二十五分だった。
つまり後五分しかないという事だ。
「あと五分……」
「どうする?」
里枝と春子は顔を曇らせた。
「手伝おっか」
自分がこんな事を言った事に自分で驚いていた。
二人は返事をしない代わりに、まだ完成していない駐車場の線引きを手伝う。
お爺さんがほっこりと笑ったのは気のせいかもしれない。
でも、喋らなくても私はとても安心していた。
コミュニケーションが無い訳じゃなかった。
一緒に同じ事をする事で、どこかしら繋がっていた。
思わずにやにやとにやけてしまった。
「中学生の皆さん、十五時半だから、終わりにしましょー」
館長さんが私たちを呼ぶ声がしばらくすると聞こえた。
「はい」
と言って、館長さんの周りに集まった。
「きっと、物足りないでしょう」
「はい!」
少しはにかみながら春子が答えた。
そうだよね。
楽しかったもん。
「まだ明日もあるので、宜しくお願いします」
「はい!」
なんだ、楽しいじゃんか、協力するの。
文学でしょうか??
違ったらごめんなさい。
評価などいただけると、嬉しいです。